1、悲劇のバースデーパーティー
「誕生日おめでとう、グレース」
「おめでとう」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
両親から両手いっぱいの花束を受け取ったグレースは、満面の笑みを浮かべた。
今日はグレースの四十回目の誕生日だ。
家族だけのささやかな催しではあるが、貴族の家のため、パーティーを開いている食堂には数多くの使用人たちがつめかけている。
「おめでとうございます、お嬢様」
「グレースお嬢様、おめでとうございます」
「みんな、ありがとう」
グレースは周囲を笑顔で見回すとゆっくりと席に着いた。
目の前には二段重ねのケーキが置かれている。色とりどりのフルーツに彩られた上には、四本の大きなろうそくが立っていた。
「アルフレッド。火を」
父親が側にいた下男のアルフレッドに指示する。
するとその男はマッチを上着から取り出し、すばやくろうそくに点火した。
ハッピーバースディの歌が唱和され、その歌が終わるとともにグレースがその火を吹き消す。
「おめでとうございます!!」
ふたたび皆からの祝福の声があがった。
グレースは胸がいっぱいになり、この幸せをしかと噛みしめた。もう四十になるというのに、こうして祝われるのはいつまでも嬉しいものだ。
一人っ子のため、グレースは両親から溺愛されて育った。そのため、世間ずれしたところが多々あり、この年になっても未だ結婚相手が見つからないでいる。
けれども、グレースはとても幸せだった。
愛する家族がいて、誰も自分を否定せず、穏やかな日々を送れている。
しかし、そんな幸せは唐突に終わりを告げた。
先に料理の方を食べようと、ケーキがワゴンに乗せられ、食堂の入り口へ向かっていた時、悲鳴とともにその扉が大きく開け放たれた。
「す、すいません、旦那様! け、憲兵の方たちが勝手に……ぐあっ!」
門番のピエールが、押し入ってきた男たちに突き飛ばされて、報告もそこそこに床に這いつくばる。
「いったい何事だ! 君たちは……どうやら憲兵のようだが、なぜこのような無礼な真似を。理由によってはただでは済まさんぞ!」
「どうもご家族と団らん中にすみません。しかし、こちらも一応仕事でしてね」
隊長と思われる男が奥から割って出てくると、父親のモントワールの前にやってきた。
そして懐から一枚の紙を取り出す。
「モントワール・フィアット公爵、貴方には皇帝暗殺を企てた容疑がかかっています。速やかにご同行ください」
「なんだと!? そんな馬鹿な! ありえん!」
「一応証拠はあがっております。詳しいことは、軍部の取調室でお聞きしましょう……」
「ふざけるな! いったい誰がそんなことを! おい、やめろっ、放せ!」
「お父様!」
「あなた!」
数人の憲兵がモントワール公爵を取り囲み、すばやく拘束しようとする。それを見て、娘のグレースは急いで立ち上がった。
母親のエレノアも、夫を連れて行かせまいと懸命に憲兵にとりすがる。
「やめてください! それはきっと、何かの間違いです。お願いです。主人を連れて行かないで!」
「公爵夫人。潔白なら、それこそ取り調べで証明されればよいことです。これは王命でもあります。逆らうと、より心証が悪くなりますよ」
王命と聞いて、エレノアもグレースも途端に動けなくなってしまった。
強く抵抗していたモントワールでさえ、諦めたかのように急に静かになる。
「王命……そうか、皇帝陛下が……。それならば仕方がないな。エレノア、グレース、それから皆。私は無実だ。だからすぐに帰ってこられるだろう。安心して待っていてくれ」
「お父様!」
「グレース。一緒に食事ができなくてすまない。また今度、改めてお祝いをしよう」
「いやっ! お父様!!!」
駆けだしたグレースを、残りの憲兵たちが妨害しようとする。
それを、父親は一番の側近に目くばせをし、指示を飛ばした。
「アルフレッド、娘を頼む!」
すぐさま呼ばれた男ががグレースのそばに駆け寄り、それ以上行かせないようにする。
「やめて、離してアルフレッド! お父様が、お父様が!」
「グレース、私の愛する娘。私は大丈夫だ。絶対に帰ってくるから――」
「いやあっ、お父様! お父様あああ!!!」
父親を拘束しながら、憲兵たちが慌ただしく去っていく。
開け放されたままの扉の向こうには、がらんとした薄暗い廊下が見えていた。
しばらくして、外から馬のいななきが聞こえてくる。さきほどまではまったく聞こえなかった馬のいななきが。
「ああ、ああ……そんな、嘘よ……」
母親のエレノアが床にうずくまりながら嗚咽している。
使用人たちも、あまりの出来事に誰も何も口を開けないでいた。中には母親と同じく泣きだしている者もいる。
驚きと恐怖と悲しみが、部屋に満ちていた。
グレースは食堂の扉のそばに、自分のケーキが落ちているのを発見した。ろうそくの火を消したばかりのあの美しいケーキ。それは、憲兵たちに荒々しく踏みつぶされ、元の形をまるでとどめていなかった。
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