母になれなかった女達 前編
その日もアリシアは悪い夢を見た。未だ忘れられない過去の夢。
目覚めた時には汗だくになっていて、涙を流し、寒さで体が震えていた。北風が鋭い音を立てて入ってくる。風に体の熱が奪われて、奥歯がかちかちと音を立てる。
体をまさぐられる感触、吐き気を催す程の腹部の痛み。命を体の中から出してしまった時の喪失感。いつも聞こえてくる、赤ちゃんの泣き声……。夢から覚めても感覚が抜けず、昨日食べたものが無くなるまで吐いた。
アリシアがそんな夢を見たのは、昨晩祭司から知らせが届いたからかもしれない。
「街を出てすぐの所に求道所があるのは知っているね。グリフの時、そこの方々に聖歌を披露していただこう、という話が進んでいるのだよ。そろそろここも活気づけていきたいと常々思ってはいたし、向こうも活動の場を広げたいと考えていたみたいでね」
「可愛い聖女は来るんですか?」
一緒に聞いていたアシュリーが弾んだ調子で尋ねる。
「聖女は来るだろうね」
「おお、良いね。楽しみだなあ」
「人は多い方がなんかやっている感出るしな。交流にもなって良いんじゃねえか」
ビルも乗り気であるようだ。ライリーも一緒に頷く。
「皆が良いなら、私も構わないよ」
アリシアもそう発言したが、顔は曇っていた。
他の人が部屋を出て行き、祭司と二人きりになった。
「本当に大丈夫だったのかい? 顔色悪いようだが」
「気にしないでくれ」
「君がいた所とは別だから知り合いに会うようなことはないだろう。それに、今はかなり規制が入っていて、そういう接待は行われていないそうだ。安心してくれたまえ」
「そう。……変わるもんだね」
「無理に出なくても構わんよ。毎回は来ないからね。出られる時に出てくれればそれで」
祭司がアリシアを気遣ってくれていることも、小さな礼拝所を存続させるためには近隣の礼拝所や求道所との関係を深める必要がある。その為に尽力していることも分かっていた。
実際の所は分からない。ただ当時は全てを失った気でいた。懺悔しなければという気持ちだけを抱えたまま、当てもなく求道所を逃げ出してきた彼女を匿ったのは、他でもない祭司だ。これ以上の我が儘は言えなかった。
「ありがとう。お休み」
「お休み。体を温めて寝るんだよ」
暖炉の火が消えて、辺りが暗くなると、一気に食堂が冷えてくる。
ずっと、彼に恩返しをしたいと思ってきた。できる限りのことはしてきたつもりだった。しかし、心と体がついていかない時も確かにあったのだ。
外には雪が降り積もっていた。聖ウァレンヌの日が近づいている。




