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祓魔師の話  作者: かめさん
番外編 アリシアさんと小さな祓魔師
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心を閉ざした少女 中編


 空が白み始める頃、馬車が静かに礼拝所の中へと入ってきた。白地に金の装飾が施された上品な代物である。馬は彼女らが出かける時に乗っている物よりも一回り大きく、毛並みも艶やかだった。


 御者が扉をゆっくりと開く。中から派手な刺繍の入った服を着込んだ壮年の男が降りてきた。出迎えに来た祭司が恭しく頭を下げる。隣に経っていたアリシアも続いて頭を下げた。


 派手な服を着た男の後ろには、使用人の手を取りながら出てくる少女の姿があった。膨らんだ青いドレス

を纏い、裾には銀色の刺繍が施してある。髪を隠すために薄絹の布を被っていた。


 光沢のあるブロンドの髪をうねらせていて、その瞳はさながら(アクア)(マリン)のようであった。アリシアは海を見たことがない。たが、海はきっとこんな色をしているのだろうと思わせた。


 少女はなめらかな白い肌で、とらえどころの無い表情をしており、人形のようだった。

頼まれた以上、アリシアは少女が見える人なのかそうでないのか見極めなければならない。だが、簡単に心

を開いてくれる相手ではなさそうだった。


「私はこの方を応接間にご案内するから、君達も部屋に向かってくれたまえ」


 祭司の指示に応じて、アリシアが少女の前に進み出る。その時、静かな祓い部屋やアリシアの部屋で話をしても、妖精がいなければ確かめることができないことに気がついた。彼女は当初の予定を変え、外で話を聞いてみることにした。少女に目線を合わせて話しかける。


「ちょっとこの辺りぐるっと散歩してみないかい? 部屋で話をしたってつまらないからね」


 少女は顔色一つ変えずこくりと頷く。祭司と少女の父親が建物の中に入って行ったことを見届けると、少女とアリシアは鐘楼の方へ向かった。


 のんびり歩きながら隣を歩く少女に話しかける。


「私はアリシア。君の名前は?」


「フランセス・セシリア・ウィンコットと申しますの。大体はフランって呼ばれていますわ」


「じゃあ、フランでいい?」


「構わなくてよ」


 すらりと高い鐘楼が二人の眼前にそびえ立つ。上には銀色に輝く、両腕で抱えきれない程大きな鐘がつり下げられていた。鐘はスカートのごとく、下に向かって広がっている。


「登ってみるかい。良い景色だよ」


 フランは、興味深そうに鐘楼を見上げていた。生まれてこの方ここより壮麗で広く、賑やかな礼拝所に通って来たが、鐘楼に入ったことは無かったのだ。


「面白そうですわね」


 細く白い足を木の梯子にかける。少女は思いの外テンポ良く上がっていき、鐘を興味深そうに眺めている。耐えきれず、手の甲で叩いてみる。鈍い音が鳴るだけで、いつものような響きは聞こえてこなかった。


 アリシアが梯子を登りきるとフランは手すりにつかまって身を乗り出して景色を眺めていた。彼女の瞳には年相応の輝きが戻っているように感じられる。


「河が見えるわ。綺麗ね」


「この辺りは低い建物ばかりだからね。案外遠くまで見えるんだ。ちょっと霧で隠れているけど、晴れて来れば森も見えるようになる」


 アリシアも手すりにもたれかかる。柔らかい朝日が二人を包み込み、涼やかな風が青い草木の香りを運んでくる。


「そういえば学校に通っている年だよね。どう? 学校は楽しい?」


「まあまあ。家にいるよりはずっとましですわ」


「家は嫌なのかい? お父さんとケンカしてるとか?」


 父親と一緒にいる時、無表情だったことを思い出す。無理矢理連れ出されたのではないかとアリシアは思っていた。


「そんなこと無いわ。パパのことは好きよ。でも」


 ふわふわの髪を払いのけるフランの碧い瞳に涙が浮かぶ。


「ちょっと嫌になったかもしれないわね。だって、婚約の話ばっかりなんだもの。もう聞きたくないわ」


 街の有力者の一人娘とはいえ、幼い頃から将来添い遂げる人を決められてしまうなんて。アリシアは内心フランを気の毒に思った。


「君の年じゃちょっと早いかもしれないけど、多かれ少なかれ父親と娘は対立するものさ。後悔しない程度にしておけば良いさ。ちなみに、お母さんは何て言っているんだい?」


「何にも」


 その時、アリシアはしまったと心の中で叫んだ。彼女の瞳から光が消えていくのを見て取ったのだ。母親との間には深い溝があったらしい。


「アレを母親だと思ったことは無いわ。向こうが先に母親じゃ無いって言ったのよ」


 アリシアは耳の奥に鉛が入ったかの様にぼーっとしてくるのを感じた。また聞こえてくる。奇妙な泣き声。



――ん。うわあああん、うわああああああん



 母と娘。少女の話しか聞いていないが、互いを親子として認め合えていない様子。美しく元気に成長した娘がいて、大商人の父親と娘が連れ立って歩いているということは、望まれた結婚で、望まれた出産で、その果てにできた娘のどこに不満があるのか、アリシアにはどうしても分からなかった。



――もし私にきちんとした人がいて、その人との間に子どもがいたのなら――



 耳をふさいでじっと耐えていると、段々泣き声が遠ざかっていった。少女がでこちらを覗いている。心配しているようだった。アリシアは、耳から手を離し、にこりと笑う。


「気にしないでくれ。もう大丈夫」


「耳が痛いの?」


「……いいや、そうだね、泣き声聞こえなかった? 赤ちゃんの」


 フランはかぶりを振った。アリシアはやはりと肩を落としつつ、努めて明るく


「他の所に行こう」


 と言い、ハシゴを降りていくよう促した。

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