兄弟がやってきた 中編
一週間ほど経ち、いよいよ新しい子を迎えに行く日がきた。
綺麗に洗ってしわを伸ばした服を着て、アリシアはウィンプル(頭巾)の上にヴェールを被り、ライリーにも帽子を被らせた。
二人は馬車に乗り込んで、街の中心部へと向かう。ライリーは、新しい子に食べさせてあげるのだといって、干しブドウの入った小さな籠を抱えていた。アリシアは、祭司が持たせてくれたメモ書きにもう一度目を通す。そこには新しい子の名前が書かれていた。
「なあ、俺にも見せてよ」
「良いよ。読めるかな?」
手を伸ばしたライリーに渡す。学校には通えない代わりに、祭司やアリシアから読み書きを教わっていたのだ。
「えっと、ア、シュ、レ、イ……チャ」
「アシュリー・チャンドラ君だよ。名前はちょっと難しいね」
「じゃあ、アシュリー君いますかって聞けば良いんだな」
「そういうこと」
それから二人は、ちょっとしたお出かけ気分に浸りながら揺れる馬車に身をゆだねていた。乗ったばかりの頃は、窓の外を見ながらあれは何、これは何、としきりに尋ねていたライリーだったが、段々口数が少なくなっていく。
「気持ち悪いかい?」
酔ったのかと思ったアリシアが聞くと、首を振った。だが固い表情のままずっとうつむいている。窓の向こうに広い庭と、大きな建物が映った。子ども達が走りまわっている。そろそろ孤児院が近づいているのだ。
「もう少しだから、我慢してね。もしかして、緊張してきた?」
馬車を降り、石畳の道を歩いて行く。入り口に白い聖人像が建てられていて、二人を出迎える。生け垣は整えられており、遠くには噴水を中心に色とりどりの花が植えられた庭園がある。
「なんか、どきどきしてきた」
ライリーは彼女の後ろにしがみついて、きょろきょろしている。具合が悪そうに見えたのは、緊張していたからなのだ。アリシアも周りにいる子ども達にじろじろ見られ、気が気ではなかった。
両開きのドアを叩く。ドアの上にはドーム状に窓が付けられ、色のついたガラスがはめ込まれていた。
「いらっしゃいませ。どちら様でしょうか」
髪を全て後ろで束ね、きりっとした眉が印象的な女性が出迎えた。彼女の後ろには小さな男の子がしがみついている。ドレスの上にきた前掛けのシミが、ここでの生活を物語っているようだった。
「エスタ・ブラッドリーから来ました。私、アリシアと申します。ここにいる子はライリー。アシュリー君
を迎えに来ました」
アリシアも孤児院に来るのは初めてなので声が震え気味だ。彼女は辺りを見渡すと、首を傾げる。
「あら、荷物をまとめておくよう言ったのに。裏庭にでもいるのかしら。ちょっと待っていて下さいね」
アシュリーの名前を呼びながら、子どもと一緒に奥へと歩いて行く。しかし、女性の周りには、どんどん子どもが群がってきて、あれして欲しい、誰々が意地悪した、これを見て欲しい、誰それがこぼしちゃったと思い思いのことをぶつけていく。彼女は手際よく一つ一つ穏やかな雰囲気を保ったまま片付けていく。とてもアシュリーを探しにいくどころではなかった。
「なあ、裏庭見てきていい?」
痺れを切らしたライリーが、アシリアの服を引っ張り、裏庭に繋がっているであろう細い通路を指さす。生け垣と壁の間に石畳が敷いてあった。所々欠けていて危なっかしい。生け垣には白い花が顔を出している。
「駄目だよ勝手に入っていっちゃあ」
ライリーの手を引っ張り返して制す。だが、女性が戻ってくる気配はない。他の人に頼む余裕すらなさそうだ。それに、女性の働きぶりを見ていると、どことなく母親の見本を見せつけられている感じがしてきた。
「やっぱり……私たちも探しに行こうか」
ライリーは真っ先に通路へ駆けだしていく。アリシアは中に入って子どもと話しながら床の掃除をしている女性に近づく。
「あの、裏庭に行っても良いですか? 私たちで探しに行きますので」
「悪いわね。お願いしてもいいかしら?」
「はい」
アリシアもライリーを追いかけ通路に入る。伸び放題になっている生け垣を手で払いのけながら奥へと進む。アリシアの耳には、何人かの話し声が聞こえて来た。
ところが、裏庭と思われる開けた所に出ると、様子をうかがっているライリーを除くと、少年が一人佇んでいるだけだった。大きな鞄を足下に置いて、裏庭に繋がる扉にもたれかかりながら、天を仰いでいる。
ライリーが駆け寄ってきて袖を引っ張る。この仕草をするときは屈んで欲しいとき。ライリーがアリシアの耳元で囁く。
「あいつ、なんか女の人と話してるみたい。どうする?」
耳を澄ませると、微かに高い声が聞こえてくる。目に見える人と、入ってくる声が釣り合っていなかった。建物の中にいる子ども達の声が漏れているのかと考えていたが、ライリーの話を聞き、自分には見えない何かがいるのだと思い直した。
もう一度少年に目を向ける。明るい髪を短くして、ボタンの少ないカソックのような服を身に纏っている。鼻筋は整っていて、くりっとした目元と小さな顔は可愛らしい。背がライリーよりも高く、明らかにライリーよりは年上に見える。
少年はアリシア達に気がつくと、爽やかな笑顔を貼りつけて近づく。恭しく頭を下げ、話かけてきた。




