アリシア・エヴァンス
アリシア・エヴァンスは五、六年前から礼拝所に勤めている祓魔師である。以前は求道所で暮らしていたが、訳あってこちらに異動してきた。
普段は気丈に振る舞っているが、多くの人に、ある秘密をひた隠しにしながら生きてきた。昔から奇妙な音に悩まされ続けていたのだ。
初めて音が聞こえることに気がついたのは、彼女が求道所に預けられるよりもずっと前。まだ幼い少女だった頃。星が瞬く夜に老人の声を聞いた。そして、何故か優しそうな声の主が自分の祖父であると分かった。祖父の顔を一度も見たことないにも関わらず。
彼女は声のする方に向かっておじいちゃん、と話しかけていた。素直な少女は家族に向かっておじいちゃんがいるよ、と話していたのである。姉は不思議がった。
「アリシアが生まれる前におじいちゃん天国行っちゃったのに、変ね」
母親が手を握る。大きな手から温もりが伝わってきた。母親は穏やかな口調で、
「子どもは神様の所から来たばかりだから、霊が見えることもあるのよ。お母さんも昔お墓にいくと火が見えるといって怖がっていたらしいわ。大きくなったら何ともなくなるわよ」
と言い、にこりと笑った。その時おじいちゃんの声が聞こえるのは自分だけなのだと子どもながらに理解した。
ところが時が流れ、乳房が膨らみ始める頃になっても、家計が苦しいために求道所へ出されることになった後も、変な声が止むことは無かった。
様々な声の中には、明らかに人ではないものもいた。鈴の音のように甲高い声もあれば、腹の底から震え上がるような低く、恐ろしい声、しわがれていて殆ど何を言っているのか分からないような声もあった。
とにかく他の人には聞こえない、人でも動物でもない、姿の見えない何かの声を彼女だけは聞くことができた。気味悪がられるのが嫌なので、極力聞こえないふりをしていたが、皆が聞こえる音と、自分にだけ聞こえた音を聞き分けるのは大変骨の折れることであった。特に、時たま聞こえる人間の声は紛らわしくて困ったものだった。
一方、能力と言うには大げさな、奇妙な癖が役に立ったことも確かにあった。礼拝所に来たばかりの頃、儀式の手順を知らないアリシアは、忙しいには忙しかったが、はっきり言って殆どできることはなかった。祭司、副祭司のように儀式を進めるのはもちろん、当時の彼女は肉体的にも精神的にも弱っていて、ビルのように門番を務めるのも難しかった。
そんな時、相談にやってくる人の近くで変な声が聞こえて来ることがあった。周りに知られないように気を配りながら、そいつの話を聞いてやっていると、満足したのか、さようならと声がして、何かが遠ざかっていくかのように風が吹いた。すると、相談に来た人が、急に肩が楽になったと言い出したのだ。
似たような出来事が何度も起こった後、久しぶりに礼拝所へ訪れた祭司から声がかかった。追い出されるのかとひやひやしながら相対すると、
「悪魔祓いになってみないか」
と持ちかけられたのである。副祭司より素質がありそうだ、君は時々遠くを見ている。既に魔物の気配を感じているのだろう、磨いていけば察知できるようになる、と祭司はのたまった。彼は悪魔祓いの資格を持っていたが年齢的に厳しく、密かに後継者を探していたらしい。
(ちょっと声が聞こえるだけで、気配とかは流石に分からないんだけどなあ)
と思いつつ、少しでも礼拝所の役に立ちたかった彼女は快諾した。
祭司の見当違いがきっかけとはいえ、彼女は祓魔師として自分の居場所を見つけたのである。
ここまで読んで下さりありがとうございます。ついに昨日投稿忘れてしまいました……。
気を取り直して今後もよろしくお願いします!




