二年前、黒魔女の会に入ってきた人のこと
投稿遅くなって申し訳ありません。今回からは、番外編がしばらく続く予定です。
紫色の薬湯が煮立っている。側で見守っている少女の耳に、薪のはぜる音に混じって扉を叩く音が聞こえてきた。
ここは黒魔女の家。魔法に惹かれた数人の女達が人目を忍んで集まる場所。今、少女は留守番を頼まれていたので、薬を作りながら帰りを待っていたのだった。
「すみません……すみません」
と低い声が繰り返される。扉には、合い言葉を言うとひとりでに開く魔法がかかっている。入ってこないということは、向こうにいるのは部外者。黒いシュルコをまとった少女は、玄関に向かい、警戒しながら扉を少し開ける。
若い男だった。背が高く、明るい茶色の髪で、琥珀色の瞳をしている。彼は少女に、白い花と、鮮やかな緑色の葉っぱで飾られた、包みを差し出した。
「わあ、思っていたより可憐なお嬢さんが出てきたね。ああ、ごめん、初めまして。私、アシュリーというのだけど。サラさんっていう人いない? お願いしたいことがあって、今日ここで会う約束をしていたんだけど」
そう言って彼が懐から小さな紙切れを取り出す。そこには確かに今日の昼、この家で会うという旨と、二人のサインが書かれていた。間違いなくサラの字だった。
メンバーの一人、サラはリーダーのような立ち位置で、魔法に関する知識が豊富だ。そして、家や道具の管理をしてくれている人でもある。だが、生憎彼女は出かけていた。
「悪いけどサラ、今出かけているの。きっと夕暮れまでには戻ってくるわ」
「早く来過ぎちゃったね。少し待っていても良いかな? これ、召し上がってよ。ちょっとしたお菓子だ
から」
「え、ええ」
包みを受け取る。知らない人を中に入れるのは、抵抗があったが、サラと会う約束をしているのは確かだし、綺麗に包装されたお菓子も持って来た。多分、悪い人ではないだろう。
「そういうことなら、中でお待ち下さい」
ベラは、アシュリーと名乗る男を中へ案内する。
アシュリーは早速、ぐつぐつと煮えている鍋をのぞき込んだ。部屋には、つんとしたにおいが満ちている。
「凄い色してるね。何作ってるの?」
「あ、これ、その、薬です」
「何の薬?」
「えっと、熱冷ましの、薬、なんですけど……」
「へえ、そんなの作ってるんだ。どこかで売っていたりするの?」
「中には売っている子もいるみたい」
「君はしないの?」
「ええ、あんまり。売れるような出来じゃないので」
「よく分からないから何とも言えないけど、私は飲んでみたいと思うけどね、可愛い子が作るのなら、どんなモノでもね」
「は、はあ」
そう言ってウインクする彼に戸惑い、曖昧な相づちを打つ。
部屋には魔術書や、書きかけの魔法陣、ドライフラワーや、蛇の皮など、魔法の道具が散らばっている。物珍しそうに眺めるアシュリーをよそに、ベラは彼の言う「お願い」の内容が気になっていた。
魔法を嫌うような人とサラが約束するとは思えないが、良い人であることと、魔法使いに理解があることは別だ。それをベラはこれまでの人生で痛感させられてきた。
「これ、触ってもいい?」
「え? まあ、良いと思いますけど」
彼は棚から召喚魔法の本を取り出し、パラパラと頁をめくる。
「君は、こういうの呼んだことある?」
といって、本に書かれている妖精を指さした。
「その、召喚魔法はあんまり得意じゃなくて」
「そうなんだ。難しいよね」
「え? 貴方も魔法使いなの?」
「魔法使いって言うほどじゃないけど、面白そうだな、とは思うね」
気味悪がるどころか、興味を示すなんて。ベラは心が浮き立ち、サラが戻ってくるまでの間、彼と魔法について語り合っていたのである。
サラが戻って来て、改めてお願いの内容を尋ねると、彼は黒魔女の会に入りたいと言い出した。
メンバーの中には男を中に入れることに躊躇している人もいたが、魔法への興味が本物だということや、ベラと楽しそうに話していたことから安心したのだろう。しばらくは黒魔女の集まりに参加しても良いということになった。
「そうだ、まだ君の名前を聞いていなかったね。教えてよ」
「ベラ、と言います」
「ベラちゃんか、可愛い名前だね。じゃあまた会おうね、ベラちゃん」
「え、ええ」
会に入ることができて満足そうなアシュリーの姿を見送ったベラは、心にすきま風の入るような心地を覚えた。
もっと話をしたかった。また会えると分かっていても待ち遠しいような、初めて感じる気持ちに何と名前をつけて良いのか、当時のベラには分からなかった。
その日は、暖かい春の日だった。街路に植えられた木々が芽吹いている。ベラには、いつも以上に緑がまぶしく煌めいて見えた。
彼が礼拝所に勤めている聖職者だと知ったのは、もっともっと後のことである。
2021年4月18日、大幅に修正いたしました。




