エルフの森と湖の悪魔 最終話
グリフの支度で慌ただしい、いつもの朝。机を運んでいると、ビルの怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前、そこのエルフ、いつの間に入って来たんだ」
「宿に泊まろうとしたら、断られた。この木は案外、寝心地が良い」
「降りろ、いるなら手伝え」
「知らん」
「ハルディアさん。お久しぶりです。お元気でしたか」
「まあな」
エルフのハルディアが、泊まりに来ていたみたいだ。今日は求道所から聖歌隊が来ることになっているから、今度こそ、キャロルの歌声が聞けるのではないだろうか。
ハルディアの傍で、狐が歩いている。どこかで見覚えのある、艶のある毛並み。
「あれ、その狐、もしかして」
「ああ、こいつが人間の街に行きたいと言い出したから、連れて来た。帰ったらルォーフェルの奴に語って聞かせてやるそうだ」
人間嫌いの女エルフ。彼女と分かり会える日もいつかくるだろうか。
「そうだ、ハルディアさん、ずっと前、畑のことで議論したこと覚えていますか? あの後教典を読み返したら、聖パルメの手紙、第一章に、種を植えよ、その草を、その実を与えよう、という言葉があったんです。つまり、畑仕事は、神から許可を頂いているのです」
逆に言えば、神から許しを得て、初めて種を植え、育て、食べる事ができるということでもある。畑を嫌うエルフ達。
彼らは、神から許しを得られなかったのか、それとも、神により近いと伝説で謳われる程に、美しく、気高い種族は、許しを得てもなお、神のお創りになった世界を変えぬよう生きているのだろうか。
「そんなこともあったな。おお、そうだ、こちらも話があったのだ。満月の日、種族問わず歌が下手な者を集め、泉の主に捧げることとなった。その日、自由に水を汲めるという方向で、人間の長とも話しが進んでいるらしい」
歌が下手な人を集めるお祭り。確かにあの魔物は喜ぶかもしれないが、参加する人なんているのだろうか。苦手な人というのは、基本、人前で披露したくないものだろうに。無理矢理連れ出すということか? 鳥肌が立ってきた。
聖女達の賑やかな声が聞こえる。聖歌隊が到着したみたいだ。人だかりの中にいたキャロルが、僕達を見つけ、一目散に走ってくる。
「ハルディアさん! いらしていたんですね。また会えて嬉しいですわ」
ハルディアが木から降りて、微笑みを浮かべる。
「今日は、歌うのか」
「ええ」
「楽しみにしている」
「頑張ります。ところで、どんな話をしていらしたの?」
「泉のことですよ。月に一度、その、歌が、あまり得意でない方々が集まって歌うんだそうです」
「ああ、貴公は満月の日、予定を空けておくように。迎えに来る。泉の主が待ちわびているそうだ」
「嫌ですよ。絶対行きません」
「この前、来ると約束しただろう」
「ええ、まあ、はい。言いました。けど……」
「良いじゃないですか。きっと喜んで下さいますよ。逆に面白そうですし」
「これ以上、恥を重ねる訳にはいかないんです。こうなったら、満月の日までに上手くなるしかありません。キャロルさん、お忙しい所、申し訳ないのですが、近いうちに歌唱指導していただけないでしょうか」
「あら、マルクさんはそのままで良いんですよ。私、あの時、思い知らされたんです。歌は、相手の心を揺さぶってこそ。真のライバルは身近なところにいたって。マルクさん、貴方は、私の恩人であり、ライバルなんです。教えるなんてとんでもない、一緒に高めあっていきましょう!」
「キャロルさん……。冗談はよして下さいよ」
冗談というか、皮肉にしか聞こえない。その割には曇りのない瞳をキラキラさせながら話している。
キャロルさんは無事だったし、生贄を捧げる風習も無くなった。僕の恥など、小さな犠牲だけれど、月に一度歌わされるということが気になって、儀式中、全く声が出なかった。
長めのお話になってしまいましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。




