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祓魔師の話  作者: かめさん
第一章 先輩と兄さん
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老婆の悩み

 僕はのんびり歩きながら彼女の話に耳を傾けていた。彼女は昔から病弱で、足を悪くしてからは出歩くことも減ったという。


「そうしたら余計に具合が悪くなったのよね」


 そう話す彼女は道中何度かつまずいて、支えなくてはならない時があった。


「仕事も続けられなくなって、息子も生活辛いのに薬代まで負担させちゃって。あの子には苦労をかけてばかり」


 彼女には僕と同じくらいの息子さんがいて、酒場で働いているらしい。そして、そろそろ結婚して欲しいと思っているが中々成就しないそうだ。


「でも、まだ若いのでしょう。そこまで焦らなくてもいいんじゃないでしょうか」


「もう何年も持たないもの。息子を一人で置いていきたくないわ。かといって結婚の話をすると嫌がるし……」


 そういう彼女の声は苦しそうだ。重い体を必死で引きずりながら礼拝所に来てくれたのかと思うと、目頭が熱くなってきた。


「とにかく、息子さんが寂しい思いをしないか心配なんですね」


 彼女は大きく頷いた。僕たちは買い物を済ませ、家に辿り着いた。こじんまりした四階建ての家。半地下になっている一階に住んでいるそうだ。抱えた荷物を竈の傍に下ろす。これで暫くは食べていけると彼女は微笑む。


 暗い部屋は動くのが辛いのか、寝床の周りに多くの物が散らばっていた。ついでに軽く片付ける。大事なものはベッドの近くに、それ以外は箪笥にしまう。


 畳んだ服を仕舞いながら、最近息子さんは帰ってきているのかと尋ねる。彼女は水瓶に入った花束を見せてくれた。この前はこれを持ってきてくれたと話しながら。 僕は思わず口を開いた。


「お母さんの気持ち、伝わっているような気がします。すぐにはお相手が見つからないかもしれませんが、息子さんはきっと上手くやっていきますよ」


 懐から銀製の容器を取り出す。


「僕にはこれ位しかできませんから。貴方と息子さんの為に祈ります。神の御加護があらんことを」


 彼女の手のひらに聖水を垂らし、手を合わせた。彼女も手を合わせていた。その顔は心なしか明るくなっていたように感じた。


「ごめんなさいね。悪魔なんか憑いてないのに来ちゃって」


「え?」


「これでも昔は占いをしていてね。何となく分かるのよ」


「はあ」


 占いか。毛嫌いするつもりはないが、その手のことに関わっている人の方が、かえって危険だと聞いたことがある。彼女は落ち着いている様子だし、悪魔払いの専門であるライリーが憑いていないと言うのだから、本当に何も憑いていないのだろう。


「今日はありがとうね。あなた、きっと良い祭司になれるわよ」


 そう言って彼女は僕の手を握った。この言葉は、占いの結果か感謝の挨拶か。当たる当たらないを気にしたって仕方ない。頭では分かっていても、つい頬が緩んでしまう。きっと往来を歩く僕は気持ち悪い笑顔を浮かべていたに違いない。


     ***


 それから五日の時が過ぎた、この日は午後にグリフが執り行われる。


 今日は十日間ある一週間の丁度真ん中、ファペイルの日。世界を創造した神が植物を茂らせ、小休憩を取った日とされている。これに倣い、多くの職場が午前中で仕事を切り上げ、午後からグリフに参列し、神に祈るのが習わしとなっている。


 しかし、昼に帰宅して眠ってしまうのか、単に今日の聖歌隊が「聖女」で無いからなのか、先日ほど人が集まっていなかった。


 ここの祭司様は、説教の際、街で起こった出来事を教訓に絡め、平易な言葉でお伝えなさる。前いた所の祭司様は聖人の伝説を元に話をお作りになる事が多かった。人によって説教の仕方が様々で面白い。


 この違いは貧民街である事が影響しているのだろう。旧市街の説教、いや、もっと色々な祭司様の話を聞いてみたい。そして、僕も早く話ができるようになりたい。


 儀式が終了して暫くすると、礼拝堂には十人位が残った。その内三人は祭司様との打ち合わせに来ている人で、三,四人は世間話に花を咲かせているだけだ。相談の為に残っているのは五人位。


 今日はライリーの補佐に入る。相談者の案内、道具の用意、清掃等を行う。聖水の量を確認している時、彼が話しかけてきた。


「なんかさ、お前人気らしいじゃん」


「え?」


「父さんが言ってたぜ。儀式はしてくれないけど、話をちゃんと聞いてくれるって評判なんだってさ」


「そ、そうなんですか」


 祭司様が褒めて下さるなんて。にやけそうになるのを必死でこらえる。胸元の羽根飾りに触れる。曲がっていない。ここに来てから間もないのに、自分の行いが評価されるというのは気持ちがいい。


「調子のって深入りするなよ」


 ぼそっと呟く彼の声は鬼気迫るものがあった。



 コン、コンコン とノックの音。


「ねえ、今日はアシュリー居ないの?」


 中に入ってきたのはこの前アシュリーの所にいた女性だった。肩に付かない位の金髪を軽く巻いて、憂いを帯びた目をしていた。コット(丈の長いチュニックのような服)の上に袖のないシュルコ(丈の長い上着)を羽織っている。シュルコは襟と裾のみ刺繍の施してある簡素なものだったが、布地や仕草からは、ロッジ地区にはやや不釣り合いな育ちの良さが滲み出ている。


「今日も誘いに来た訳?」


「今日もって失礼ね。いつもちゃんと相談に乗って貰ってるのよ。最近誰かに呪われているような気がしててね。ずっと体が重くて、時々声が出ない位苦しくなるの」


「そう。でも何も取り憑いてないみたいだから。また後で来てくれる?」


「そんな、酷い。アシュリーはもっとちゃんと話を聞いてくれるのに。最近辛い事ばっかり、もう嫌」


 彼女は顔を手で覆って今にも泣き出しそうだ。そしてそのまま部屋を出て行ってしまった。

 僕も慌てて追いかけようとする。すると、肩をぐいっと掴まれた。


「兄弟。追わなくて良い」


 確かにこの前はアシュリーと食事の約束を取り付けていたが、ここに来ているということは、そもそも何かしらのきっかけがあったはずだ。それを聞くこともなく、彼女に祈りをあげる事すらなく帰らせるなんてできない。たとえ僕が、彼女の望む相手ではなかったとしても。


「そんなのできません、大体、先輩がそんな態度だから――」


 僕は、ライリーの静止を振り切って部屋を飛び出した。


 彼女はうつむきながら廊下を歩いていた。すすり泣く声がする。僕は少しずつ彼女との距離を縮めていく。


「あの、お悩み事を僕に教えて頂けませんか?」


 女性の背中に向かって話しかける。


「儀式は執り行えませんが、話をするだけでも、気が楽になることだってありますよ」


 ライリーは憑いていないと言っていた。だから大丈夫。彼女は立ち止まり、ちらりと振り向いた。


「じゃあ、ちょっと聞いて貰っても、良い?」


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