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祓魔師の話  作者: かめさん
第七章 エルフの森と泉の悪魔
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聖女キャロルと首飾りとエルフの思い出

 ああ、僕は納得させられかけているんだ。論理的に反論できないんだ。まだまだ修行が足りなかった。彼に神の教えを一から伝え、帰依させるほどの技量をまだ、僕は持ち合わせていない。怒っていいのか、呆れるべきなのか、ぐちゃぐちゃになっている。


 ビルの怒声が聞こえる。頭がぼんやりしてきた。灰色の服を着た人が来る。ひらひらしている。背の低い、女性かな。


 緑色の瞳と、紅い唇が目の前に。見慣れた顔。首から下げた木彫りの花、相変わらず髪をヴェールで覆い、黒羊のトゥニカを身に着けている。


「キャ、キャロルさん!」


 普段は求道所にいて、時々綺麗な歌声を披露しに来てくれる聖女、キャロルが目の前にいた。今日はグリフの予定が無いのに。


「マルクさん、お久しぶりです。喧嘩ですか?」


「べ、別にそういうわけじゃ」


「でも、なんだか険悪な空気でしたよ」


「あいつが、あいつが突っかかってくるから」


 ビルが木の上を指さした。手をかざして上を見上げる彼女の服が風ではためいている。


「どちら様ですか?」


「事情がありまして、今日一日ここで過ごしてもらうことになったんです。エルフの方ですよ」


「まあ、エルフですって! 会うの初めて。でも、隠れていて顔がよく見えないわ。ねえ、折角だから降りてきてくださいな」


 彼女の呼びかけに応じて、彼は下の方にある枝に右足をかけ、幹に捕まりながら、左足を地面に乗せる。降りるのもはやい。


「キャロルさんがお一人でいらっしゃるなんて、初めてですね。どうされたのですか?」


「お暇をいただいたんです。月に一度位は、外出が許されていますから。丁度買い物に行く子達と一緒にきたものですから、ご挨拶しようと思って立ち寄ったんです。そうしたら庭の方から口論している声が聞こえたからびっくりしちゃって」


 エルフがキャロルの前まで歩いてくる。エルフが礼をすると、応じるようにトゥニカの裾を両手でつまみ、わずかに上げ、挨拶を返す。


「私、キャロル・ハワードと申します。お目にかかれて光栄ですわ」


「ハルダィアと申す」


「は、はる……」


「ハルディアさんと呼べばいいそうですよ」


 貴公、と漏らしながら、エルフが不服そうな眼差しを向けている。キャロルでも言えなかったということは、言いにくい名前だということだ。諦めて貰うしかない。


「ハルディアさん、よろしくお願いします」


 キャロルが手を差し出すと、エルフは、おもむろに彼女の手を取り、包み込むようにして握った。彼の視線は、キャロルの胸元で揺れている花に注がれている。


「貴公はダグラスという者を知っているか?」


 胸元に目線を定めながら、エルフは尋ねる。キャロルは首を傾げていたが、胸元の木彫り細工を手に取ると、はじかれたように目を見開いた。


「これは、私の祖母から譲り受けたものです。確か、そう、確かに亡くなった祖父の形見だと言っていまし

たわ。それに、祖父の名前は、確かに、貴方が言ったのと、同じ名前、そう、ダグラスだったと思います」


「ダグラスは死んだのか」


「ええ、小さい頃のことだから、あまり覚えていなくて」


「そうか……時の流れは早いものだな。まだまだ若造だと思っていたのに、孫が生まれる程の年に。そして、もう、いないのか」


 エルフは、遠くを見ていた。キャロルに、ダグラスという人の面影を重ねているような。木の上にいた時の態度とは打って変わり、憂いと、悲しみと、慈しみをたたえている。


「キャロルさんのお祖父様をご存じなのですか?」


「ダグラスは私の友人だった。あやつは騎士の嗜みとやらで狩りに来ていたんだ。帰り道を見失ったと言うから、出口まで案内してやっていた。諦めが悪くて、獲物を深追いする癖があったのだな。その飾りは私が暇つぶしに作ったものだ。間違いない。奥方を怒らせて家に入れてくれなくなったと、ぬかすから、これでも渡して許を請うたらどうだ、と言ってくれてやったんだ。後生大事に取っておかれるなら、もう少し綺麗に作れば良かった」


 白く、長い手が、キャロルの頬に触れる。キャロルは、はにかみながら、小刻みに肩を震わせていた。


「まさか、お祖父様にエルフのお友達がいたなんて思いもしなかったわ。狩りに行って森に迷いこんだり、お婆様怒らせてオロオロしたり、結構面白い人だったのね」


 キャロルのお爺さんと、壮年に見えるエルフが友人として一緒にいる姿を想像してみるのだが、違和感が拭えない。エルフの寿命は遥かに長く、千年生きる者もあると聞いた。


 それだけ、人間とエルフが生きる時間というのは違うということか。怒りが腹の底に沈んでいき、代わりに、胸が締め付けられるような心地がした。


「もう少しお祖父様のお話聞かせてくださいな。喧嘩はこの位にして」


「喧嘩なんぞしていない」


「ですが、二人は怒っていらしたわよ」


「そうか。最近若い人間と話して無かったからな。少々言い過ぎてしまったかもしれぬ。申し訳ない」


「は、はあ」


 エルフは畑に入って行く。


「なんだ。まだ文句あんのか、え?」


「さっきは悪かった。存外ここが気に入っているそうだから安心するといい」


 と言いながら、ビルの肩をポンポン叩く。


「え? 誰が?」


 黙って畑の植物を指さす。


「おう、そうか、なら良いわな」


 良くない。全然良くない。ビルは水に流したとしても、僕はずっと忘れない。必ず教典を読み返して、農業が聖なる仕事であるということを余すことなく説いてみせるからな。きっとこれは神様が課した試練だ。僕は試されている。負けるものか。


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