パンを巡る騒動
商店の人達は持っている道具で壁を打ち付けている。冷静さを完全に失っているみたいだ。懐にはもしもの時に供えて僅かながら銀貨が入っている。パンだとすれば、お詫びを含めても一枚で十分場を収められるだろう。
勢い余って祭司様や礼拝所の皆に、もしものことがあっては困る。そっと懐に手を忍ばせ、銀貨を一枚、取り出す。何かに包んだ方が良いだろうか。その時、腕をぐいっと掴まれた。
「駄目だよ。兄弟、そういうのは」
アシュリーだった。目を合わせて来る。皆からは見えない方を向いていたはずなのに。僕が思っていた以上に彼は目敏かった。
「ですが、このままでは」
「お金を払えば済む話じゃないよ。それに、彼の名誉の為にもね」
確かに、後々お金を出せば、盗んで良いということではない。その時対価を支払わなければいけないのだ。
今回はパンだったから懐の銀貨で足りたけれど、もし今後似たような事態があったとして、盗られたのがもっと高価な品だったら、とても支払えない。更なるトラブルを招くことになる。
それに、僕が支払うことは、エルフの男から許しを請う機会を奪うだけでなく、更なる咎を負わせることになるのだ。僕は、自らの浅はかさを恥じた。
「父さんなら大丈夫だよ」
アシュリーはあくまで平然としている。すると、みるみるうちに、追いかけて来た人達の勢いが弱まってきた。溜め込んでいたことを吐き出せたおかげなのか、単に疲れただけなのか。あるいは、入り口を取り囲むように、野次馬が集まってきたせいか。
「祭司様に言ったって仕方ないことだったね」
と言う人まで現れ始めた。祭司様は優しく諭すように話し始める。
「忙しい中、仕事を抜け出してきたのだろう。そろそろ戻ったらいかがかね。彼には、こちらからも詫びをいれるよう伝えておこう」
商店の人達は、やや不満げな顔をしながらも、お願いしますよ、頼みますよ、と言い残し、群衆を追い払いながら去っていった。
あれだけの罵声を耐えきり、彼らを諭し続けた祭司様。対して僕は何もできなかった。よくよく考えれば、あの人達だって、事情がある相手に分け与えようとせず、財産に執着していた。強欲の罪があったと考えることもできなくはない。




