憧れの気持ち
会館を閉める時間が来たということで、僕達は外に出た。日が落ちて、すっかり暗くなっている。ベラとアシュリーはまだ来ない。あのまま帰ってしまったのかもしれない。
「結局ね、私がここで働けるようになったのは、ほんの四,五年前のことなの。私が街を離れられないせいで、夫は行商を辞めることになっちゃった。家族には沢山迷惑をかけてきたし、とりわけあの子には、ずーっと寂しい思いをさせてきちゃった。私のことを憎んでも、嫌っても仕方ないわよね」
「そうでしょうか?」
「だって、普通母親は家にいるものだもの」
「ベラさんは、確かに寂しかったかもしれません。でも、貴方の事、嫌いじゃないと思いますよ。彼女は魔術師を目指していると言っていました。現に魔法学校に通っていますよね。それが全てだと思います」
寧ろ、嫌いでいられたらもう少し楽だったかもしれない。ベラはきっと、夢に向かってひたむきに努力する母親の背中を見て、ずっと見てきて、同じ道を歩もうとしている。黒魔女の会なる怪しげな集団に入って
まで、彼女なりに、魔術師としてのあり方を模索しているのかもしれない。
どれだけ辛い思いをしてきても、恨みたくても、憧れの気持ちは止められない。背中を追いかける足は止まらない。そんな彼女の気持ちが、分かるような気がするのだ。
ベラの母親がふふふ、と笑う。
「ありがとう。話すだけ話したら、すっきりしたわ。もう遅いし、そろそろお開きにしましょう。転送魔法の件はごめんなさいね。不正利用した輩がいたせいで皆、神経質になっているの」
「あ、あ、あの、そ、それ、いつ」
聞き慣れない声が食い気味で尋ねる。リンだった。
「さあ、一年位前だったかしら。ギルド内部の人が引き起こしたんじゃないかって、言われてピリピリしたものよ」
魔術師は手を振って城門へと走って行く。今、かなりの有力情報が手に入ったような気がするのだが。神経質になっていると言っていなかったか。勝手ながら気の良い魔術師の将来が少々心配になった。
「僕達も戻りましょうか」
細い道に入っていくと、こちらへ向かってくる人影があった。リンがモモの耳元で何か囁くと、モモが小走りで相手に近づく。
「サムさん、来たですか?」
「別に。偶々この辺に用事があっただけなんだけど」
「わあ。帰りましょう。一緒」
「まあ、好きにすれば。俺は適当に帰る」
同居人と会えたのなら、ここで二人と別れようか。
「そうだ。サム、さん。モモさんの話なんですけど、魔道士ギルドの転送魔法、一年前位に不正利用があったそうです。詳細は聞けていませんが、時期を考えると、それが怪しいと思います」
リンに耳打ちされたモモが、小さく驚きの声を上げる。暗闇のせいで、青年がどんな顔をしているのか分からない。
「で、それが何? 俺にどうしろと」
「いえ、ただ、参考にしていただければ」
「お、おう」
不正利用というのは、モモが連れて来られた事じゃないのか。手引きした人間は流石に追い出されているだろうが、調べれば使用された魔法とか、犯人とかが分かるかもしれない。そのことを、伝えておこうと思ったのだ。
何故同居することになったのかは知らないが、ずっと一緒にいれば、気になるのではないだろうか。
「ではまた。失礼します」
「また勉強会、来ます」
「お待ちしています」
「はい!」
モモと言葉を交わし、早歩きで彼らの傍を通り過ぎる。一瞬、男の手元に、白くて小さな物が。よく見たら花だった。今朝、モモが作っていたもの。振り返る。大きく振れる白い腕が暗闇に浮かぶ。僕も手を振り返す。記憶を頼りに礼拝所へ急ぐ。
あの男、用事があるというのは嘘だったのかもしれない




