悪魔憑きの相談
昼頃になって、ようやく今日の儀式が終わった。この後は何人か残り、祭司様や祓魔師と面談を行う。病気だったり、対人トラブルだったり、悪魔憑きに悩んでいたりする人が相談に来るのだ。
僕は悪魔祓いの資格がないので、ライリーの傍で見学させて貰っていた。相手は初老の男性。最近腰の具合が悪いうえに、寒気がするそうだ。子ども達との喧嘩も耐えず、つい酒に走ってしまうらしい。だから悪魔が取り憑いているかもしれないと言う。
それを頬杖ついて聞いていたライリーは、
「んなもん気のせい、酒止めれば治るよ。はい、次」
とお祈り一つせずに追い返してしまった。他の人に対しても、
「残念だけど何にもいないね。他あたって?」
「奇声なんて力ずくで黙らせれば良いよ。憑いて無いんだから、はい次」
「悪魔のせいにすればいいと思ってんじゃねーぞ、次」
という有様だ。そう簡単に悪魔がいないと断ずるのは危険だし、話もきちんと聞かずに帰すなんて誠意がない。
「あの、ちょっと雑に扱い過ぎじゃありませんか」
「うるせえな。いないもんは祓いようがないだろ」
「せめて、お祈りを上げるだけでも……」
「時間の無駄」
「そんな。向こうは遠路はるばる救いを求めて来ているかも知れないのですよ!」
「知ったこっちゃないね」
話にならない。二回にわたる儀式で疲れているのかも知れないが、相談者に当たって良い理由にはならない。昼のお祈りまではまだ時間があるので、アシュリーのいる部屋へ行くことにした。
彼ならもう少しまともな応対をしていると思ったのだ。少なくとも、ボタンが空いたままになっている所は見たことないし、朝の支度も丁寧に教えてくれた。
途中、憮然とした若い男とすれ違った。
「ナンダヤロウカ、ヤルキデナイナトカ、ザケンナヨ」
ぶつぶつと何かしら呟いている。
日焼けと呼ぶには焼けすぎているような黒い肌が印象的だった。いつか読んだ本に書いてあった、南方にある大陸の民だろうか。珍しい。ブラッドリーは大都市なだけあって色々な人が集まるようだ。
それより、若い男はアシュリーの部屋の方から来ていた。あの顔つきからして相談に満足していないのは明らかだ。
嫌な予感がする。だが、行ってみなくては分からない。そう言い聞かせながら歩を進めると、アシュリーの声が聞こえてきた。
「相変わらず今日も可愛いね。朝露に濡れた椿の様」
「あらやだ。椿油を塗ったの、ばれちゃった?」
「花の香りは儚いけれど、君の麗しさは永遠だよ」
「上手いこと言っちゃって。ねえ。この後出かけましょうよ。良いお店があるの」
アシュリーと若い女性の声がする。相談に乗っているというよりは、口説いているというべきか。そう言えば最初に部屋に入っていったのも若い女性だったような。
先程すれ違った若い男との落差を考えると、相手によって態度が大きく変わるらしい。全く悪魔払いをなんだと思っているのか。まだ分け隔てなく話を聞かなかったライリーの方が良いとさえ思える。
呆れやら恥じらいやらで、とても中に入る勇気が出ず、僕は回れ右をした。下級職は一応妻帯が認められているとはいえ、純潔が重んじられる世界だというのに。僕はまたライリーのいる部屋に向かった。
「だから、何にも憑いて無いから。帰って」
「待ってくださいな。せめて話だけでも」
また言い合いが始まった。ライリーの前に座っているのは痩せた女性。彼女は必死な顔で、身を乗り出し、彼の袖にしがみついている。
「悪いけどこっちも忙しいから。兄弟。この人送ってあげて、それと、次の人呼んできて」
「は、はい……」
僕はとやかく言える立場ではない。思うところは色々あるが、彼女の手を取って部屋を出る。肩を落としてとぼとぼ歩く女性。
「あの、僕で良ければお話伺いますよ」
いたたまれなくなって声を掛ける。
「気を遣わせちゃって悪いね。でも、今日は広場に寄って帰るから」
「お買い物なら手伝いますよ。時間空いてますし」
「気持ちだけで十分よ」
「いえ、僕に手伝わせて下さい」
「そう。じゃあお願いしようかしら。ここ何年か重い荷物が持てなくなってきてね、憂鬱だったのよ」
僕は悪魔払いの仕方を教えて貰った事は無いし、素質があるとも思わない。でも、悪魔払いの意義は、悪魔を祓うことそのものだけではなく、彼等の不安を解き、神の御心を少しでも感じてもらうことではないだろうか。
たとえ悪魔が憑いていなかったとしても、相談に来た人は何かしら苦しんでいて、神への信心を失いかけるほど悩み、助けを求めている。
だから、彼等に寄り添い、彼等の為に祈ること位なら、僕もできると思うのだ。
© 2021 かめさん