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祓魔師の話  作者: かめさん
第六章 聖ウァレンヌの日
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母と娘

 ガタリ、と椅子が動く。テーブルに手をついてベラが立っている。腕が小刻みに震えている。


「もう良いわ」


 驚くほど低い声がベラから聞こえてきた。垂れ下がった金色の髪で表情が見えない。


「母親らしいこと何一つしてこなかったくせに、魔法使いとしても役立たずなのね。期待した私が馬鹿だったわ、もう知らない」


「ベラさん! 謝って! えっと……酷い」


 裾を引っ張って窘めるモモを振りほどき、一目散に部屋を飛び出して行く。


「ベラちゃん待って」


 アシュリーが追いかける。僕も立ち上がりかけたが、部屋にはモモとリンがいる。彼女らを置いてはいけない。座り直す。ベラはアシュリーに任せることにした。リンとベラの母親は呆気にとられている。モモは自分が悪いわけでも無いのにごめんなさい、ごめんなさいと言って頭を下げている。


「謝らなきゃいけないのはこっちの方よ。母親らしくないのも、あの子の役に立てなかったのも本当だから」


 母親は随分落ち着いている。と感心した矢先、ドンッと拳で机を叩いた。花瓶が揺れ、一枚花びらが落ちる。誰か変えようと思わなかったのだろうか。


「だからって、あんなに怒ること無いでしょうよ。なんなのいきなり。私何か悪い事したの? 急にお仕事入ったから? 辞めさせられて、路頭に迷うより良いでしょう? これまで何度も似たようなことあったけど、何にも言わなかったじゃないの!」


 急に表情と声色変えてまくし立ててくるのは辞めて頂きたい。体に悪い。ベラじゃないのだから。そうだ、母親だった。激しい性分までしっかり受け継がれていたみたいだ。


「あの、ベラさん、明日は聖ウァレンヌの日ということで、家族に手料理を振る舞いたかったそうですよ。先程まで練習していました」


「あ、あの、パイ、美味しかったです」


 聞いた母親は力が抜けたように項垂れる。


「そういうことだったの。本当、駄目よね。私。ねえ、ちょっと聞いてくれる? どうせあの子暫く戻って来ないでしょうし、仕事もやる気出ないし。貴方聖職者でしょ。懺悔の一つや二つ、聞いてくれても良いわよね?」


「は、はあ。ど、どうぞ」


 普通、告解は専用の部屋で行われる。請け負うのは副祭司以上なので、侍祭が聞き役になる事は滅多に無い。それに今は一般人も混ざっている。聖職者だからって、いつでもどこでも懺悔を聞かされたらたまらない。が、ここは黙って耳を傾けよう。


「私ね、小さい頃から魔法使いに憧れていて、有り難いことに魔法学校も出して貰えたの。でも学校出たら

お嫁に行きなさいって言われていて、まあ、いい人だったし、魔術師試験も落ちたし、家庭に入るか、ってなったのよ。

 だけどね、ある日、夫が足を怪我しちゃって、一週間位働けなくなっちゃったのね。行商していたんだけど。その時、このままで良いのかなって、もし、夫が働けなくなったら私達どうなるんだろうって。その時に、魔術師やりたいって思ったの。その事を夫に話したら、思いの他背中を押してくれてね。それからは毎日勉強勉強。まずは、試験に合格して、王家公認の資格、そう、このブローチを貰わないといけないなってことで頑張ってたの」


 そう言って彼女は誇らしげに胸元のブローチを見せた。


「すみません。ギルドに所属している魔術師の中には、王家公認の人とそうで無い人がいるんですか?」


「当たり前よ。皆が皆あの試験を突破できるわけじゃ無いんだからね。私が何回受けたと思ってるの! だけど、私、女だし。魔力もあんまり強く無いから、何か箔をつけないとね。有名な魔術師の知り合いもいなかったから。けれど、試験漸く受かったと思ったら今度は働き口探すのが大変で。

 あっちこっち行って、試験受けて、偉い人とお話して。私あんまり魔力なかったから。青色じゃなきゃ嫌だっていっぱい言われたなあ。青色魔術師なんて、そんなにいないでしょ。だから重宝されるんじゃないの? 

 そういうあんたは何色なのよ、どうせ緑なのでしょう。ってずっと思っていたわ。良いなあ。貴方位魔力があったら、もっと楽だったでしょうにね」


 魔術師はリンを見つめている。心底羨ましそうに。大きなため息を吐いている。


「すみません。青色とか、緑色って何のことでしょうか」


 話の流れから、個人が持つ魔力の指標だということは分かったのだが、どのくらい多ければ何色かというのが結びつかない。


 魔術師は、そうねえ、と呟きながら、ローブの内側を探り、何かを取り出す。


「ほら、これを握ってみて。あら、貴方も触ってみる?」


 そう言って僕とモモの手の上に小さくて固い物を乗せた。石みたい。言われた通り、石を包み込むようにして握り、開く。黄色がかった乳白色をしている。


「ビアソネ石って言うの。元々白いんだけど、石に流れる魔力の量によって色が変わるの。だから、それで人の魔力量が量れるって訳。あんまり少ないと色が変わらないけど、多くなるにつれて黄色、緑、青ってなっていくの。どうだった?」


「白」


 と、モモが言う。残念ながら、モモに魔法の才能はないらしい。


「貴方も白いわね」


「まあ、そうですね。でも、ほら、ちょっと、黄色くないですか。若干、黄色に見えるような、見えませんか?」


「どうですか?」


 モモが手のひらに石を載せ、こちらに近づける。僕も横に手のひらを持って来て色を見比べてみる。モモの方がより白い、感じがする。


「確かに。並べてみると、微妙に色が違うわね」


「そうですよね」


「何ムキになっちゃってるのよ」


「すみません」


 結局魔法の才能はないという事がはっきりするだけなのだ。悲しくなってきた。突如、下から大きな音がする。


「あっ。すみません」


 モモが慌てて椅子から降りて、椅子の下を探す。拾ったのは石だった。落としてしまったらしい。割れていないのを確かめると、ほっとした顔で石を魔術師に返した。


 ところで、隣に座っているリンは頑なに石を触ろうとしない。持ってみないかと魔術師が聞いても首を振る。自分の魔力量が分かっているから必要無いということか。


 それとも、何らかの理由で遠慮しているのか。さては、この人青色なんだな。青色ではないことが原因で冷遇されてきた、と話す彼女に対し引け目を感じてしまったのか?


「失礼します」


 さりげなくリンの手に石を近づける。触れた瞬間、色が変化した。急に変わるからつい手を離してしまった。机の上を二回ほど、石が転がった。動きを止めた石は、青色、というよりは紫に近い色をしている。


「あら、なにこれ。見たことない色しているじゃないの」


「あ、戻ってしまいました」


 暫くすると、色が薄くなり、白に戻ってしまうようだ。もう一度近づけてみようかと思ったが、彼女が椅子ごと後ずさりしている。嫌がっている様子なので辞めておいた。


 一体あの色は何を示していたのだろう。多いことは確かなんだろうな。羨ましい。


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