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祓魔師の話  作者: かめさん
第六章 聖ウァレンヌの日
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花づくり

今回から新しいお話です。もう桜が咲き誇っている頃ですが、2月の気分で楽しんでいただけたら幸いです。

聖母は英雄の死を聞き、激しく泣き叫びなさった。

その瞳から花びらが零れ落ちたもうた。

                 『ノーヴァムの書』「ルーメンの手記」より


 誠に嘆かわしい事だが、世に蔓延る聖女崇拝の地において、カーヌースの花が植えられているのは知ってのとおりである。一部の愚劣な歴史学者によれば、この花がカーヌースというのは後世の神学者が勝手に想像した代物であるという。砂漠にカーヌースの花は咲かぬ。したがって、聖母のおはした地において、この花を知るものはいなかったはずであるというのが彼らの言い分である。


 実に浅はかであると言わざるを得ない。この一節が示すものは、かの英雄が、その血から草木を生み出す「萌芽の奇跡」を起こすことを、すなはち神の化身に他ならぬということのみである。

                    聖マーヴェン 著『教典注釈書』より


   ***


 暗く、長く、雪に閉ざされた冬の中で、一日だけ花に彩られる日が訪れる。


 一〇〇〇年位前のこと。当時ある国は戦士に結婚を禁じていたという。家族の元を離れたがらない戦士が多く、士気が落ちていた為だ。従って、その国には互いに愛し合っていながら夫婦の契りを結ぶこともできず、一度戦にでてしまえば二度と会うことのできない恋人同士が何組もいた。


 彼らを気の毒に思った祭司は秘密裏に結婚式を執り行う。それが王の知るところとなり、祭司は処刑されてしまった。ところが、神の祝福を受けたウァレンヌの処刑された場所は一夜のうちに花畑となった。聖なる人ウァレンヌを殺めた罪を自覚した人々は、彼を弔い、祝福するため、愛する人へ花を贈るようになった。


 今となっては、街全体で花を飾り、お世話になった人に贈り物をする風習として知られている。


 花を飾るといっても、冬に生花を手に入れるのは非常に難しい。従って、毎年この日が近づくと、枝に毛糸や布をくくりつけて花を作ることになっていた。僕が今務めている礼拝所でも例外ではない。


「みんな、この紐を巻いて、結ぶんだよ」


「できた。ねえねえ、こんな感じ?」


「うん、良いね」


「やったー、つぎは……これ!」


 七歳くらいの女の子が赤い紐を結んだ枝を見せる。大げさな位に褒めてやると顔をほころばせる。そして、机に置いてある青い紐を引っ張りだし、再びぐるぐると巻き付け始めた。


 今礼拝所に集まっている子達には、週に何回か読み書きを教えている。本気で勉強している子はごく僅かで、大半は広場で遊んでいるのだが。


 今日は、祝祭日が近いということで、勉強の代わりに花作りを手伝って貰っていた。礼拝堂に飾るためのものだ。当日は簡単な儀式を行うことになっている。一般人にとっては贈り物をする日なのかもしれないが、聖職者にとっては、先祖が聖人ウァレンヌに対して行った仕打ちを思い出し、併せて自らの行動を悔い改める日でもあるのだ。


 一応、何個かは持って帰り、家族に渡すよう言ってある。外で雪遊びをするのに疲れた五人くらいの子が、食堂の暖炉に当たりながら真剣に作っている。綺麗に作る子もいれば、枝が見えない位毛糸を巻いているだけの子もいた。その中に、十五歳位の少女が混じっていた。


「モモさん。手伝わせちゃってすみません」


 彼女が一旦作業している手を止める。首を横に振ったせいで、お下げの黒髪が激しく揺れた。


「えーっと、えーっと、楽しい、です」


 と、たどたどしく言う。そして、毛糸の色を選び始めた。

 モモは、以前色々な事情により(主にアシュリーの所為で)人捜しをした際出会った。異国出身で何故か

この街に来てしまったらしい。言葉もまだ不自由で、ゆっくり簡単な言葉を選んで話さないと会話できない時がある。


 彼女は普段家政婦として働いているため、礼拝所へお祈りに来ることは無かったのだが、ある日、書かれた言葉を読んで欲しいと、板を持ってきた。更に、その文を書いた友人に返事を書きたい、と話していたので、子ども達と一緒に文字を習ったらどうかと提案したところ、時折礼拝所へ顔を出すようになった。


 最近では、僕達と一緒になって子ども達の面倒を見てくれることが多い。本人は弟や妹の世話をしてきたので慣れていると言っているが、書く練習に集中させてあげられないので申し訳なく思っている。


 今日だって本来は、文字の勉強をするべく、寒い中わざわざ来てくれたはずなのに。


「友達とか、家族には白、尊敬する人には赤だよ」


 長時間悩んでいるモモに、祭司様が話しかけた。彼女は真っ先に白い紐を取り、祭司様に見せる。


「白?」


「そう、それが白だ」


 彼女は満足そうに取った紐をくくりつけ始めた。あれ? そもそも贈る花の色に決まりなどあっただろうか。


「この辺りでは、贈る相手によって色を変えるのですか?」


「いや、以前いた所で聞いた話なのだよ。もう二十年近く前になるかねえ」


「以前は、どちらにいらっしゃったんですか?」


「クリスタルベルだよ。ふむ、エイミットワード伯の」


 ブラッドリーから南西へ進んだ所にある街だ。エイミットワード伯爵領の中心地でもある。祭司様は南の方からいらっしゃったのか。


「あちらは港があるからね。貴族や大商人の屋敷では生花が飾られていたのだよ」


「冬に本物の花を飾るなんて。贅沢ですね」


「ねえ、祭司様、愛する人には何色の花を贈ればいいの?」


 薄紅色の頭巾を被ったベラが割って入ってきた。つり目気味の瞳が輝いている。興味津々だ。そう言えば、彼女も来ていたのだ。藍色の丸、否ハート型と思しき刺繍を施した前掛けをつけている。


「うーん。青だったかねえ」


「青い花なのね。ありがとう。そうそう、今、丁度、おやつができた所なのよ」


 という声と共に、切り分けられたパイ包みが机の上に置かれた。詰めすぎたのか、切り口から中の具が溢れかえっている。先程までベラは、何故か台所を占領し、何故か料理をしていたのだ。


 子ども達は、歓声を上げてパイを取って行く。飛び出した具に手を伸ばし、あちっと言いながら引っ込めた子もいる。モモが慌てて子どもを外へ連れていった。雪で手を冷やしてやるつもりなのだろう。


「アシュリー、沢山食べてね!」


 そんなことはお構いなしに、五切れ位取り分けた皿を彼に差し出すベラ。


「何で料理してるのですか」


「花嫁修業よ。そろそろしなきゃって思ってたの」


「今日、ここでする必要性は?」


「だって明日はウァレンヌの日でしょ。愛する人にプレゼントをする日よ。どうせならアシュリーの好みを追求したいでしょ! 悪い?」


「はあ。まあ、お好きにどうぞ」


「明日、家族に手料理を振る舞いたいから、練習しておきたかったんだって」


「うん。明日ママがお休みだから。じゃなくて、今日も本番なの」


 からかうアシュリーに腹を立てている彼女だが、家族に手料理を振る舞うつもりなのは本当だろう。因みにライリーは両手に一切れずつ持ってムシャムシャ食べている。一切れずつ分け合っている子ども達より子どもみたいだ。

 

 僕も一口囓ってみる。少し焦げて苦みのあるパイと、久しぶりに食べた羊肉の旨みが口の中に広がった。バジルの香りがかなり効いている。バーブが多すぎるものの十分食べられる味だ。


「これなら親御さんも喜んでくれると思いますよ」


「ベラちゃん、美味しいよ!」


「本当! 良かった。今度から毎日作ってあげる」


「それは流石に、冗談だよね」


「まあ、ね、嫌なの?」


 上目遣いで尋ねられたアシュリーは、言葉を失っていた。



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