大祭司様とマルク 最終話
翌日大礼拝堂に戻るつもりだったが、ライリーとアシュリーは怪我で、僕は風邪で、宿屋に一週間滞在することになってしまった。滞在三日目、宿屋の主人が、部屋で寝込んでいる僕達に会いに来た人がいると伝えてきた。
中に入ってきたのは吸血鬼の女性だった。皆慌ててベッドから起きようとする。が、体に力が入らない。
「そのままで大丈夫ですから」
彼女も流暢な人間の言葉で話す。力が抜けてまた横になった。意識が朦朧としている、様な、気がする。頭が痛いしまだ熱っぽい。吸血鬼が深く頭を下げる。
「具合が悪いのに来てしまってごめんなさい。早めに謝りたかったから。弟がご迷惑をおかけしました」
「もう良いよ。吸血鬼のお姉さん。今怒る体力も気力もないし、可愛いから許してあげる」
「ほんと、見境ないよな、兄弟」
しかも上から目線だ。吸血鬼姉はもう一度頭を下げる。
「私、少し前までこの村の礼拝所に身を寄せていたんだけど、引っ越すことになっちゃって。弟はそれが礼拝所にいる偉い人の所為だと思ってたみたい」
「それで、リリアンヌさんの霊を使って大祭司様に怪我を負わせたと」
アシュリーが尋ねると。彼女は頷いた。そして、提げていた小さな籠から手紙を取り出した。
「多分。あの、それでお願いがあるんです。これを大祭司様に渡していただけませんか? きっと吸血鬼には会って下さらないだろうから」
ライリーが動く方の手で受けとる。彼女はおずおずと僕の隣にやって来た。じーっと顔を見つめている。
「あら。貴方、以前お会いしましたよね」
「ああ、そうですね」
彼女の声を聞いたことがあるような気がする。そうか、あの時の彼女だったんだ。本当に吸血鬼だったのか。
「風邪を引いてしまったのね。これ、良かったら飲んでみて。あの時、ちゃんとお礼も言わずに帰っちゃったから」
そう言って、彼女は怪我と風邪に効く薬を残し去って行った。訝しみながらも薬を飲んでみたら、なんと一晩で熱が下がった。お陰で予定よりも早く帰れそうだ。
吸血鬼がリリアンヌは消えた、と話していたから、結果的に祓いの儀式は成功を収めたことになる。あとするべきことは、吸血鬼姉の手紙を大祭司様に渡すことだけだ。
久しぶりにプレラーリ・エスタ・ブラッドリーに戻ってくる。ボロボロで、閑散としていて、貧乏な礼拝堂だけれど、何だか懐かしい。ビルと、祭司様が出迎えて下さる。何故か喪服のような黒い装束に身を包んだベラまでいた。
よく見たら黒魔女の服だった。きっと、とても心配してくれたのだろう、アシュリーを。怪我が完治した訳では無いけれど、明日からはまた、務めを果たす日々が始まる。溶けかかった雪の下から、まだ早い新芽が顔をのぞかせている。
拝啓
立春の候、貴礼拝所におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
祭司様、如何お過ごしでしょうか。私は、大切な人達のお陰で楽しく過ごすことができています。正直な所、自分の信仰心が揺らぐことも多々ありましたが、立派な祭司になれるよう、務めを全うする所存です。
お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。皆様のご健康とご活躍をお祈りしております。
皆様に神のご加護があらんことを。
敬具
ブラスキャスター礼拝所 代表 ニコラス・リー様
一九〇一年 風月 第二ルラセルの日
マルク・ネイサン・ファルベル
お付き合い下さり、ありがとうございます。今日で一話投稿から一ヶ月経ちました。
ここまで続けてこられたのは、皆様のおかげです。今後ともよろしくお願いします!
次回から別のエピソードになりますので、良かったらまた見に来て下さい!




