決意
大祭司様の執務室の扉には、壮麗な絵画が描かれている。グリフィンとなったノーヴァムに人々がひれ伏す場面。金と宝石がふんだんに使われている。
清貧に務めるべき人々の部屋が王族のように豪奢なのは皮肉だろうか。さておき執務を行っていないと良いのだけれど。襟と、羽と、ボタンをチェックする。扉を叩いてみようとして手を止めた。
僕が大祭司様に色々聞いた所で、何になるのだろう。仮に幽霊の未練を僕が晴らせたとして、本当に父から離れるのだろうか。父は救われるのか。
そもそも、彼が取り憑かれたのは、自業自得ではないか。恨まれようと、取り憑かれようと病に倒れようと、怪我をしようと当然の報いではないのか、もはや神罰ではないか。
駄目だ。父親を、大祭司様を恨むような事を考えては。それでは取り憑いた母の霊と一緒だ。父だけじゃない、母まで未練に、恨みに囚われたままとなってしまう。
それに、会った事なんて無いけれど、家族には、母には幸せになって欲しい。僕を産んだことをこれ以上後悔して欲しくない。
でないと、僕は、本当の意味で生きてはいけない人になってしまう。僕は弱くて、醜くて、罪深い。
せめて自分にできることを――。
意を決して、扉を叩く。
「大祭司様。マルク・ファルベルでございます」
「マルクか。入りなさい」
大祭司様の声がした。僕は、恭しく一礼すると、前に進み出た。促されるまま座る。
「一体どうしたのかね」
やっぱり話すのを辞めてしまおうか。与太話で有耶無耶にしてしまおうか。いや、ここまで来たのだから。もう迷わない。深呼吸をする。
「あの、大祭司様。いえ、父さん、僕は貴方にお伺いしたい事があって来ました」
居住まいを正す。父の顔も強張っているように見える。母親の名前を突き止めた後、本当の両親について余り考えないようにしてきた。親戚からは、僕が父の後を継ぐことが求められていると分かっていたし、僕は大祭司まで上り詰めた父の事を尊敬していたかった。
父が不義の末に僕を産ませたこと、地位と引き替えに母親を見捨てたという事実を直視したくなかった。
僕は、両親の罪を背負って産まれた。どれだけ教典を読んでも、中身を暗記しても、教えを守る努力をしても、懺悔しても、罪を償うことはできない。死ねば償われるのかと考えたこともあった。
だが、自殺は禁じられているし、他人に殺させたらその人に罪を着せることとなる。僕は生きている間、ずっと許しを乞い続けなければならない。向き合ったら、その重みに潰されてしまうような気がしていた。
「父さんならご存じだと思います。父さんに取り憑いているのは、リリアンヌ・キャシー・オースティン、僕の母親です。父さん、教えて下さい。母さんは今、どこで眠っているのですか?」
「マルク、いや、我が息子よ……」
だが、僕は向き合わなくてはならない。父の不義、僕の罪、母親の未練に。僕に二人を託してくれた祭司様、ビルの為、頑張ってくれるライリーとアシュリーの為、そして、父さんの為、母さんの為。何より、自分の為に。
僕は決めたんだ。霊となってしまった母さんを利用する黒幕と戦ってでも、父さんを助けるのだと。




