儀式
一時課の鐘が鳴る頃、食堂には、礼拝所のメンバーが殆ど揃っていた。といっても僕を含めて五人しかいないのだが。二人分席が空いている。一人は鐘をつきに行ったアシュリーとして、もう一人は守門のビルだろうか。昨夜は部屋で過ごしていたと思われるので、寝坊してしまったのだろうか。
「おい、さっき部屋見に行ったらいなかったんだけど。どこ行ってたんだよ」
顔を合わせるなりライリーが絡んできた。
「アシュリー兄……さん、のお手伝いをさせていただいてました」
「ほお、良い心がけじゃないか、だが、眠れたのかい? 昨日の今日だし、忙しいぞ。余り無理しなくていいから」
腕をさすりながら、そうおっしゃったのは祭司様。頭頂部を剃った昔ながらの髪型をしている。柔和な顔立ちで大らかな雰囲気を醸し出している方だ。
「早く起きてしまっただけなので、大丈夫です。勉強にもなりましたし」
「アシュリーのやつ、ちゃっかり兄弟をこき使いやがって。よし、明日は俺の当番だから手伝え」
アシュリーが今、食堂にいないからって言いたい放題だ。そして、朝、彼が言っていた通りになってしまった。ええ、と声が漏れる。顔も引きつっているに違いない。
「ライリー。自分の務めは自分で果たすものだよ」
「じゃあ、あいつのは何だよ」
「マルク君が自分から手伝ったんだ。グリフの支度で忙しい中、手順を教えようとしたのだよ」
「俺だって、やり方を教えるつもりだったんだ。ほら、弟に教えてやるのが兄の務めってもんだろ。父さんが言ってたんだぜ」
「うーん。くれぐれも迷惑を掛けんようにな。すまないねえマルク君。何かと面倒な子達だが、これからもよろしく頼むよ」
「いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
アシュリーともう一人男が入ってきた。ビルだ。五人揃った所で食前のお祈りが始まった。
食事を終えると、再び支度に追われることとなった。道具の準備、掃除、着替え等々。
聖水の準備中、ライリーが杯に井戸の水を入れていた。普通お祈りに使う水は聖水と呼ばれ、水源が決まっているのだ。その辺の水を使うなんて言語道断だ。そのことを指摘すると彼は、
「無いもんは仕方ねえじゃん。水なんてどれも似たようなもんだろ」
と言い放った。本当に神に仕える気があるのだろうか。いや、きっと今日は事情があって偶々聖水が無かったのだ。だから仕方無く今回だけ井戸の水を汲んでしまったんだ。と精一杯好意的に解釈してみる。
だが、それでも納得いかない。儀式に使用する道具を清めるのに穢れた水を使うなんて。
「普段はどうされているのですか?」
「そりゃ、ちゃんと聖水使うさ。まあ、無いときは井戸水使うけど」
「そうじゃなくて、水源はどちらですか! 何なら自分が汲んできます」
「まあ、驚くのも無理ないけどね。止めといた方が良いと思うよー」
アシュリーが話しに割って入る。
「普段は冒険者に頼んで森の中にある泉から汲んできてもらってるんだけど、最近依頼料が高くなっちゃってさ。そう頻繁に頼めないんだよね」
「だからって井戸の水を使わなくても」
「因みに行くなら最短片道三日で着くらしいから。森で迷って、狼に食べられ、エルフに襲われ、沼にハマる覚悟があるならお好きにどうぞ」
そこまで言われて僕も黙るしか無くなった。
「旧市街の大礼拝所なら蓄えがあるだろうから、明日にでも貰いに行こう。杯には私の部屋にある分を使いなさい。他のは井戸水でかまわん。マルク君、取りあえずそれを聖別しておいてくれんかね」
着替え途中の祭司様が指示を飛ばす。僕は慌てて水の入った桶を祭壇に持っていき、清めの儀式を立てる。
「おーい、聖歌隊が来たぞー」
ビルの呼ぶ声が聞こえる。ここでは大礼拝所や、近くにある女性求道所(俗世間から離れて神に仕える人が共同生活を行う場所)から何人かが歌いに来てくれるそうだ。
特に「聖女」の歌は民衆から人気があるらしく、彼女らが歌う日は礼拝堂が一杯になるらしい。用意するパンが多かったのは、こういう事情があったからなのか。
太陽が完全に登る頃には、礼拝堂に人が集まってきていた。なんだがソワソワしている。祭司様が説教なさっている時も、時々話し声が聞こえた。
グリフでは、神の化身であるグリフィンとなった英雄ノーヴァムの体を表すパンと、血である麦の酒を頂くのが儀式の中心である。
擬似的にノーヴァムと一体化を果たすというのがこの意義であるわけだが、お祈りの言葉を上げながら召し上がる人はごく僅かだ。それに、外が騒がしい。施しを求める人々が広場に控えているようだ。僕と祭司様以外の人は、外の対応に追われている。
いよいよ、聖歌隊の登場だ。人々が拍手で彼女らを出迎える。入り口付近には、先程まで施しを受けていた人々がどんどん中に入ってくる。歌っている最中なのに騒がしい。この人達はグリフを大衆演劇と勘違いしていないだろうか。しかも、外にいたアシュリーがいつのまにか観衆に紛れ込んで旗を振っている。
歌が終わると、大きな拍手が巻き起こり、花やらハンカチやらが宙を舞った。最後に祭司様が挨拶をして儀式が終わる。人々が帰って行くのを少し見送った後、僕は聖歌隊を食堂まで案内した。今日はもう一回歌って頂くことになっている。軽食として、多めに作ってあったスープを出した。
「あら、見かけない顔ね」
「今日からここでお務めすることとなりました。よろしくお願いします」
「やだ、可愛い顔してるじゃないの」
「まあ、どうも」
僕は、襟と、羽根飾りを整えた。前いたところでは女求道所との交流が余りなかったせいか、女性ばかりに囲まれるのは変な感覚だった。