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祓魔師の話  作者: かめさん
第四章 魂送の儀礼
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魂送の儀礼 後編

 日が昇り、スープを作りながら、僕は夜中の出来事を思い返していた。あれは何だったのだろう。彼女は、何故僕にあんな話をしたのだろう。そして、お祈りが終わると消えたのだろう。あの時、名前を聞いていなかった。どこから来たのかも。

 

 もしかして、全て夢だったのではないだろうか。

 

 パンとお酒を祭壇へ持って行った後、僕は客人の部屋へ行った。扉が小さく開いている。もう起きているのか? その割には静かだ。おかしい。

 

 のぞいてみると、誰もいなかった。荷物は無く、暖炉の火は消えていて、毛布は綺麗に畳まれていた。既に帰ってしまったのだろうか。それともやはり、夢? いや、半分黒くなっている薪があったから、ここに人がいたことは確かだ。


「お早う。マルク君」


「おはようございます。祭司様」


 朝の支度を終えた祭司様がいらっしゃった。


「夜番中、橋が閉まって帰れなくなった女性をこの部屋に泊めていたのですが。出て行ってしまわれたみたいで」


「そうかね。きっと朝一で渡れるように行ってしまったのだろう」


「みたいですね」


「お疲れ様、さあ、朝にしようか。おや、あれは置き手紙かね」


 机の上に、小さな紙切れが置いてあった。


『ありがとう、楽しかったです。お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい』


 と小さな字で書いてあった。体の芯がじわりと温かくなっていくような心地がした。


   ***


 長い冬の日の事だった。僕は、祭司様に連れられて、ブラッドリー旧市街にある図書館へ向かっていた。礼拝所にある数少ない本をあらかた読んでしまったので、借りに行っても良いかと申し上げた所、旧市街に行く用事があるので、その時に図書館まで連れて行って下さるとおっしゃったのだ。


 日が昇る前に礼拝所を出て、歩いて向かう。礼拝所から城壁までは遠くないのだが、旧市街は広く、場所によっては、行って帰ってくるのに丸一日かかることもあるそうだ。

 

 今日も、用事が長引けば帰りは馬車になるかもしれないという。


「マルク君。勉強熱心なのは君の良いところだが、本を借りるなら一冊か二冊にしたまえ。盗まれるような事があったら取り返しがつかないからの」


 やはりロッジ地区は治安が悪い。頻繁に旧市街へ借りに行くことはできないので残念だが、仕方無い。祭司様の助力で借りる許可が下りたのだから、それだけで有り難い。


 胸を躍らせていると、道の真ん中に人だかりができているのを見つけた。グリフィンの描かれた旗が揺らめいている。礼拝所の人がいるのだろうか。悲鳴や叫び声が飛び交って随分慌ただしい。馬の鳴く声。人と人との隙間からは、車輪が見える。馬車が転倒したみたいだ。


「何があったのかね」


 祭司様が近くの人に尋ねる。


「大祭司様の馬車が、馬が、急に暴れて」


「何ですって? 大祭司様は?」


「さあ、ご無事だと良いですがね」

 

 咄嗟に聞いてしまった。頭が回っていないみたいだ。祭司様の声を遮ってしまったかもしれない。

 

 キャソック姿の人だかりが、礼拝所の方に流れていく。大祭司様が運ばれているのだ。大祭司様と呼び掛ける声がこちらまで届く。しかし、その光景はどこかぼんやりしていて、遠くの出来事を眺めているみたいだった。


「マルク君。急ごう」


 祭司様の声で、現実に引き戻される。取り乱してしまった。


「はい。あの、急に大声出してしまってすみません」


「構わないよ。それだけ心配しているのだろう?」


 祭司様と僕は、脇道にそれて人だかりを避け、礼拝所までの道を急いだ。


 大礼拝所内の図書館に入ってまず目に飛び込んできたのは、ドーム型の天井に描かれた聖人の絵画であった。二階建てで、壁に沿って本棚がびっしり立ち並んでおり、館内は少し薄暗く、小さなランプがチラチラ灯っていた。結構人がいるみたいだが、独特の静けさが漂っている。


 しかし、大きな街の割には蔵書が少ないような気がする。王都ではなかったせいだろうか?

 

 大祭司様はご無事だろうか。心配だがどこにいるかも分からないし、様子を見に行ける立場でも無い。今は本を探すことに集中しよう。

 

 灯りを頼りに細い通路を歩く。一、二冊しか借りられないとなると、どの本を借りるべきか悩む。ブラッドリーに関する本や記録があれば読みたいが、神学の本も捨てがたい。数学も面白そうだ。この本はブラッドリーの人が書いたのだろうか。ブラスキャスターの図書館では見たことがない。

 

 ふと、目にとまった本があった。背表紙には、『吸血鬼の生態に関する報告書』と書かれている。いつか、吸血鬼の話が出たせいだろうか。

 

 空いている机を探し、灯りを置く。パラパラとページをめくってみた。


『吸血鬼の生態

 生気の無い顔をしており、鋭い爪、牙を持つ。変化の術を駆使して獲物に近づき、生き物の血を吸う。稀に肉を食べるものもいる。夜行性。日光に弱い。また、招かれないと部屋にはいれないという習性がある。無闇に人を招き入れないことが吸血鬼避けになる。相手が吸血鬼か知りたいときは、鏡を見ると良い』


『吸血鬼の弱点

 吸血鬼は流水を前にすると為す術が無いようである。丈夫な橋がない限り、川を渡ってくることはないだろう。殆どの武器では傷を付けることができないが、銀は別である。しかし、市民が銀を持って吸血鬼に立ち向かうのはおすすめできない。返り討ちに遭う可能性が非常に高い。吸血鬼は匂いに敏感である。従ってニンニクのような――』


『吸血鬼の生殖活動

 吸血鬼は数百年に及ぶ寿命がありながら、生殖活動が可能な期間は限られている。吸血鬼の雌は、一生のうちに二匹産めれば御の字で、三匹目が生まれる事は珍しいようである。吸血鬼は家族総出で数少ない母体と子どもを守る。年頃の雌を家族に持つ吸血鬼は非常に気がたっており、打ち倒そうと近づくのは無謀なので辞めた方がよい――』


 どうやら吸血鬼の生態や活動について書かれたもののようである。後ろのページを見ると、どうやら退鬼師協会と呼ばれる討伐組織が作成しているということが分かった。退治師は各地に拠点を持っているという噂である。何故、別組織の本がここにあるのだろうか。

 

 受付にいた老人に尋ねてみる。

「うーん。まあ、退鬼師の会館無くなっちゃったからねえ。その時にこちらに来たと思うんだけど、退鬼師協会ブラッドリー支部って書いてあるからそうなんだろうねえ」


「どうして会館がなくなってしまったのですか?」


「退鬼師が撤退したんだよ。理由は分からんがね。ああ、あの頃はまだエルフと戦争してたっけねえ。多分吸血鬼どころじゃ無かったんだろうさ。色々と」


 言われてみれば、都市の外には広大な森が広がっていて、エルフの生活圏も近い。エルフとの争いで対吸血鬼組織を維持する予算がなかったのかもしれない。昨日エルフが怒ったと言っていたが、何か関係あるのだろうか。


 結局、吸血鬼の本は戻して、悪魔払いに関する本を借りた。聖職者の中でも専門職として特殊な立ち位置にいるのは何故か、気になったのだ。あの二人のことをもっと知ることができるかもしれない。貸し出しの手続きをしていると、祭司様が迎えに来て下さった。思いの外長居してしまったようだ。

 

 馬車の中で鐘の音を聞く。鐘の音はどこも変わらない。傾き始めた陽の光が窓から差し込み、抱えた本を照らす。表紙に刻まれた文字が光る。先程呼んだ本の事が頭から離れなかった。


 今、大祭司様はあの鐘の鳴る場所で手当を受けているのだろう。祭司様が大礼拝所で聞いた話によると、軽い怪我をされているものの大事には至らなかったらしい。


「軽い怪我で済んだのも神の思し召しだろう」


「ええ、ご無事のようで何よりです」


 敬愛する大祭司様にもしもの事が無くて良かった。そう思いながらも、どこか胸騒ぎを覚えながら、気のせいでありますようにと僕は手を組み、祈った。


 綺麗な石畳の道を、頭巾を被った女性達が、籠を手にして歩いている。買い物だろうか。ふと、夜に来た女性の姿が思い出される。やはり、口元まで布で覆ったあの格好は不自然だったような。


 夜の間に現れ、夜の内に消えた人、こちらが声をかけるまで門の傍を離れなかった彼女、橋を渡れず困っていた彼女。楽しそうに話していた彼女の声、目元、仕草、そして、あの置き手紙。


 まさか


 袖の長い上着は手元を隠すため? あの布は口元を隠すため?

 きっと気のせいだ。あの本を読んだから、勝手に結びつけているだけだ。


「マルク君。どうしたのかね。顔色が悪いではないか」


「いえ、心配なさらないで下さい。少し、寒かっただけですから」


 本には、招かれないと入れないと書かれていた、では、一度招かれた吸血鬼は、勝手に入ってくるということだろうか。


 背筋が凍り付く。僕は強い恐怖と罪悪感を覚えていた。知らず知らずのうちに、礼拝所の人を危険に晒しているのかもしれないことに。


 ここまでお読み下さりありがとうございます。ようやく異種族のキャラクターが出てきてファンタジーらしくなるかな、と思ったのですが、人間社会に馴染みすぎていました……。

 次回は主人公マルク君のことが明らかになるお話ですので、興味の沸いた方はまたお越しください。お待ちしています!

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