芸術学校での公演
ゆっくり目を開けると、確かに学校のような建物があった。目眩と、吐き気に耐えながら、絨毯から転がり落ちる。
「二人とも、大丈夫か? 顔真っ青だけど」
大丈夫じゃない、大丈夫じゃない、結構マズイ、気持ち悪い。吐いちゃ駄目、吐いちゃ駄目、どうか吐かないまま収まってくれ……! ウッぎもぢわるい。
壁を見つけると、真っ先にそこへもたれ掛かる。背中がひんやりして少し楽になったような、やっぱり吐きそう。
酔った。確実に絨毯で酔った。逆になんでライリーはあんな元気そうな声をしているんだ。いやいや。待って。
「あ、あの、先輩、郵便、さんに、お、れ」
「おう、とりあえずなんか飲む物買ってくるわ。兄ちゃんもそこで休んでて」
「ごめ、ん」
どうやら、郵便屋も酔ってしまったらしい。早く吐き気が収まってくれないだろうか、あ、やばい。深呼吸、深呼吸。ああ、苦しい、気持ち悪い。もう何も考えたくない。やばい。
「ほれ」
ほんのりと甘酸っぱい香りが漂う。お酒で無いことは分かった。コップを受け取り、一口飲んでみる。暫く待って、うん、大丈夫そう、もう一口。
少しだけ吐き気がおさまってきた。
「お見苦しい所をすみません。連れてきてくれてありがとうござます」
「こっちこそ飲み物奢ってもらっちゃって」
「兄ちゃん箒は飛べるのに絨毯は駄目なのか」
「そうなんだよ。なんか絨毯は酔っちゃうんだよね。あ、気にしないで、僕が悪いんだから」
郵便屋は壁に寄りかかりながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、絨毯を丸め、脇にかかえた。
「正直、最後まで運べるか心配だったんだけど、良かった。じゃあ、そろそろ仕事に戻るね。なんか、頑張ってね」
「お気をつけて」
我ながらか弱い声で見送る。やや覚束ない足取りで郵便屋は去って行った。
「兄弟、立てるか?」
「多分」
壁に手を当てながら、どうにか立ち上がる。吐き気は大分収まってきた。ゆっくりなら歩けそうだ。
「学校って結構広いのな」
「確か、フランって人が出ているはずです。その人を探しましょう」
何人かの人に聞いたところ、近くの建物で催しを行っている事が分かった。石造りの大きな建物に辿り着いた。中庭に面した部屋に辿り着くと、呼び止められ、リボンは持っていますか、と聞かれた。その時、昨日はキャソック姿では無かったことに気がついた。
リボンを持っていないと中に入れないと言われたので、中庭から様子をうかがうしか無かった。とは言っても、席に座って見られないだけで、外から見る分には問題なさそうだ。似たような境遇の人が数人立ち見をしていた。
既に劇は始まっていて、広い部屋なのに多くの人で埋まっていた。空が赤く染まり始めているので、終わりがけに近いのかもしれない。
太く、低く、それでいて艶のある声が響き渡る。時々入る高笑いが堂に入っている。悪役の歌みたいだ。高音域に達したとき、ようやくそれが昨日の歌声と一致した。拍手がわき起こる。つられて外にいる僕達も拍手をした。
そうだ、忘れてはいけない。僕達はキャロルを探しにきたのだ。慌てて観客を見渡す。それらしき姿は見当たらない。
「出番が終わるまで待ちますか?」
「ここまで来ちゃったからな。裏口とか探してみるか」
その時、客席にどよめきが走った。先程の歓声とは全く違う。柱と柱の間から身を乗り出して様子を伺う。
舞台の真ん中に立っていたのは、淡青色のドレスに身を包み、亜麻色の短い髪を晒した、キャロルであった。
彼女は、一歩進み出ると、ゆっくりと歌い始めた。普段とは違って地声の、それでいて透き通るような声。でも、どこか、狂気すら孕んでいるような、不思議な感じ。
強く袖を引っ張られる。ライリーが、いつになく真剣な、殺気立った表情を浮かべている。
「あいつ、憑かれてる」
「え?」
「行くぞ」
警備の人の静止を振り切り、舞台の裏側を目指して走る。




