広場での演奏会
広場の噴水には、ベラが言っていた通り、本当に銅貨が沈んでいた。水面が歪んでいて、表か裏かはよく見えなかった。まあ、コインを投げたくらいで願いが叶うかどうか分かったら、たまったものではないと、僕は思う。
だって、未来は神のみぞ知るものだから、いつかはあの人のようになれるかもしれないと、信じていられるから、僕はここにいるのだから。
結局あの日、アシュリーが友人を一目見たいと言い出したらしい。そして、僕とライリーが見張りとしてついていく羽目になった。噴水を背景に、青い服を着た女性が、リュートを抱えて腰掛けている。傍に太鼓を叩く男性の姿もあった。人がまばらに集まっていて、遠巻きに立ち止まっている人もいた。ベラが大きく手を振ると、彼女は満面の笑みを浮かべて白い手を挙げた。
ベラが美人だと言い張るだけあって、白い肌に、薔薇色の頬が映えていた。確かに鼻筋は高く、まつげは長い。ウールのドレスを身に纏っているのに、体の線がうっすらと出ていて、少々目のやり場に困ってしまう。波を打った金色の髪は胸元まで伸びており、艶やかだった。普段から丁寧に手入れをしているみたいだ。
ドレス自体はそこまで良い物でもなさそうだが、肩にイタチの毛皮をかけているので、かなり裕福な家の娘だと思われる。芸術に走り出す貴族の子女はいつの時代もいるものだ。彼女もその類いなのだろう。
歌の内容は、何処でも聞こえるようなセイレーンと船乗りの恋物語だ。船乗りに恋をしたセイレーンは歌で船乗りに思いを伝えようとするが、歌声に魅せられた船乗りは嵐に遭い、帰らぬ人となってしまう。
歌詞と音楽は平凡だが、歌声は凄まじかった。声、表情、仕草、全てが、セイレーンそのもののように見えるのだ。
時には笛のように高く、時には石のように重い声は、精霊の淡い恋心、失望、哀傷を乗せている。まるで舞台の上で歌っているかのような貫禄があった。
一曲が終わる頃には、群がる人が倍以上に増え、割れるような拍手が起こる。我に返った歌うたいは誇らしげな笑みを浮かべ、気取った風に髪をかき上げる。
次の曲が始まる、打って変わって踊り出したくなるような明るい歌。そうだ、一応アシュリーを見張ることになっていた。完全に聞き入っているベラを余所に、案外彼は興味なさげにしていた。一方ライリーの方は手拍子を打って体を左右に揺らしている。楽しんでいるみたいだ。
人混みの奥から、一瞬建物の方へと消えていく人影があった。黒く、丈の長いドレス、黒いウィンプル、聖女か? 声を掛けた方が良いだろうか。しかしこちらは普段着だし、知っている人かどうかも分からない。どうしようか……。
「――兄弟、おーい、兄弟! マルク?」
ライリーがこちらを覗き込んでいる。ぼんやりしていて気づかなかった。既に演奏会は終わっていて、ベラと歌うたいが一緒になって何かを配っていた。
「こんなの貰ったぞ。はい」
手のひらに載せられたのは小さなリボン。学校の名前が刺繍されている。
「なんか、明日劇をやるからこれ持って見に来いってさ」
「じゃあ、あの人ここの生徒なんですね」
「だろうな。行く? 明日」
「演劇は嫌いじゃないですけど、そう何日も礼拝所を空ける訳にはいかないでしょう」
「まあ、確かに」
歌うたいは片付けを終えて、ベラと話をしている。アシュリーとの間に問題はなさそうなので、そろそ
ろこの場を離れても良いだろう。
「先輩、もうすぐお祈りの時間ですし、そろそろ帰りましょう」
「えー。あいつはサボってご飯食べるのに? せめてさ、俺達もちょっと遊んでから帰ろうぜ。俺弓矢やりたい」
「子どもみたいなこと言わないで下さい。大丈夫ですよああいう人には後々罰が下るんです」
「何か言った?」
「いえ、何も」
急にアシュリーが会話に入ってきた。耳ざとい人だ。
「しょうがないなあ。じゃあさ、明日パレード見ようぜ。鐘のところから結構見えるんだ。ちょっとだけなら広場にも店出てるしさ。それならいいだろ?」
「はいはい、頼んでみましょうね」
「兄弟、俺達帰るわ」
「楽しんできてください」
アシュリーが軽く手を挙げる。僕達はできるだけ出店を見ないようにしながら礼拝所へ帰った。
先程見かけた聖女のことは、すっかり頭から抜け落ちていた。




