アシュリーの秘密
翌朝、グリフの支度をしている時だった。
「あのさあ、兄弟。魔女って吸血鬼なんじゃねえの」
ライリーが急にそんなことを口走った。吸血鬼と言えば、暗闇で襲って人の血を吸い、変身能力を持ち、流水や銀や匂いの強いものを弱点とする、悪名高い種族だ。
芝居や歌の題材として聞いたことがある程度で詳しくは知らない。小さい頃は、正直なところ、架空の存在だと思っていた。しかし、前にいた礼拝所で、他所の街から来た人が吸血鬼に襲われそうになったことがあると話していた。この街では身近な存在なのだろうか。
「一応、根拠を聞いても良いですか?」
「夜、出歩くのは吸血鬼、顔が青白くて目が赤いのは吸血鬼、吸血鬼は魔法が使える、付き合い悪いのは隠して暮らしているから、トモダチはそれを知っていて、ばれないように庇った。ほら、どうだ」
「私達は別に吸血鬼を倒すわけじゃ無いですし。何故人の血を吸い、近所づきあいを嫌う吸血鬼が、人間のご友人を作り、彼女は吸血鬼である事を知っているのか、が説明できていませんが、おおむね筋は通っている気がします」
少なくとも、モモは友人に関する大っぴらにできない秘密を知っているというのは興味深い仮説だ。例えば犯罪者である、とか、危険な魔術に手を染めている、とか、モモが元々異教徒であると仮定すれば、モモは魔女が連れている悪魔を崇拝しており、その悪魔を守ろうとした、という動機だってあり得る。
「でも、モモのご友人が魔女であると決まってはいませんし、また一から探すことになりそうですね」
また彼に連れ回されるかと思うとうんざりする。今度は黒魔女の会の方と探しに行ってくれないだろうか。ところで、アシュリーが黒魔術、悪魔の類いに手を出す理由は何だろう。そのようなものだと勝手に納得していたが、単に情報を集めるならライリーだって同じ事だ。ライリーはものぐさだから、せっせと情報を集めている所はとても想像できないが。
午後、またアシュリーが僕を連れて街に繰り出した。モモに会いに行くそうだ。
「あの子、実は脅されているんじゃないかなあ。って思うんだ。兄弟の吸血鬼説と合わせるとさ、ばらしたら食べちゃうぞって言われているかもしれない。もう一回話を聞いてみない?」
この前、彼女は覚悟を決めながらも、怯えている様子だった。家に行ったところで、会ってくれるだろうか。
「行ってみるのは良いですけど、そもそも何で兄さんは悪魔や黒魔術に興味を持っているんですか? 一応聖職者なんですよ」
前々から聞きたかったことをぶつけてみる。これまでそれっぽい理由は聞いたが、もう少し踏み込んだ理由や、きっかけを知りたいと思う。
「あれ、話して無かったっけ? 敵を知らなきゃ、祓えるものも祓えないでしょ。相手だって色々いるんだから、弱点も違うし」
「悪魔に関連する本を読むとかならまだ理解できますけど……」
「会ってみないと分からないことがあると思うけどなあ」
「それに、噂の魔女にこだわる理由も余り分からなくて。ほら、先輩は興味なさそうじゃないですか」
「まあ、確かに。」
魚を運ぶ人、道の端でたむろする男達、寝転がっている人、ミグランを囓っている老人。井戸端会議をしているであろう甲高い女達の話し声。芳香と腐臭と魚の匂いが混ざった匂いが鼻を刺激する。遠くでは、丸太が河の流れに乗って運ばれている。慌ただしい街の時間が流れている。
「うーん、そろそろ話しても良いかな。君も黒魔女の会の集会所に行ってみれば分かるよ」
「え?」
ぼんやり歩いている所に話しかけられたせいか、変な声が漏れた。いきなりどうしたのだろう。なぜ僕が黒魔女の会に? 言っていることが理解しきれない。アシュリーの姿が遠ざかる。いつの間にか見慣れない場所まで来ていた。見失うと困るので、慌てて追いかける。
彼が集会所と呼ぶ場所は、両隣とさほど変わらない見た目をした家だった。扉に飾りがついているような気がするが、壁一面緑で覆われているような場所だと思っていたので少々拍子抜けだった。
「思っていたより普通の家なんですね」
木を隠すなら森の中とも言うから、案外隠れて集まるのに都合が良いのだろうか。
「本当はもっと森に近いところを探していたんだけど、たまたま道具や材料が色々残っている廃墟を見つけて、ここに決めたんだって」
「あ、そういう事情があったんですね」
扉には、角の生えた動物の剥製が飾られていた。動物の頭を模した飾りを置く家が無いとは言えないが、少々不気味だ。
「合い言葉は?」
「と、扉が喋った……」
鍵を掛ける魔法の類いか。アシュリーは動物の耳があったであろう場所に向かって何か囁く。合い言葉を部外者の僕に知られたくないのだろう。カチッと音がしてひとりでに扉が開いた。
書きかけの魔法陣が残っている床、散らばった草花、汚れた鍋、よく分からない動物の骨、如何にも魔術で使われそうな道具が部屋中に散らばっている。今日は集まりの日ではないのか、僕達の他に誰もいないようだ。こっちこっち、とアシュリーが手招きする。言われるがまま裏庭に出た。
「見て欲しい物があるんだ」
低木をかき分けた先に布が被さっているところがあった。彼がそれを剥がすと、現れたのは一つの魔法陣。二重円と三角形が並んで書き込まれており、円の中には六芒星がある、天使の名前と悪魔の類いと思われる名前が書き込まれているが、大半が消えかかっていた。
「これって、召喚魔法……」
「そう、たまたま通りかかった時に見つけたのが二年前。ここで黒魔女の集会が行われているって話を聞いていたから、探りを入れてみることにしたんだ。会に所属している誰かの仕業だろうと思っていたからね」
黒魔女の会合に通っていたのは、召喚魔術を行った犯人捜しをするためでもあったのか。
「でも、皆違うって言うんだ。それに、メンバーの中にできそうな人がいなかった。今じゃ消えてるけ
ど、結構強そうな魔物の名前が書き込まれていてね、しかも召喚に成功しているみたいだったんだ」
「これを描いたのは、強い魔力を持っていて、かなり腕のいい魔法使いってことですよね」
彼が悪魔を連れた魔女を探す理由もはっきりしてきた。魔女がそれを行った犯人かもしれないのだ。最悪、ライリーの話していた魔女=吸血鬼説が当たってしまったら、吸血鬼が悪魔を使役して街の人間に害をなす可能性すらある。かなり危険な状況だ。急いで魔女の正体を突き止めないと。
「そうだ、ライリーにはこのこと内緒にしてね」
「何故です?」
二人で協力した方が良い案件だと思うのだが。
「あの子、ああ見えて怖がりなんだ。私が来る前の話なんだけどね、ライリーが儀式の練習をしていたとき、父さんが魔物に怪我を負わされたらしいんだ。それ以来、自分より強そうな魔物には絶対に手を出したくないみたいで。まあ、そんなの滅多に会わないけどね」
ライリーに化け物を退治してもらった時の事を思い出す。あの時僕に怒ったのは、過去の自分と重ね合わせていたのかもしれない。
「逆に貴方は怖くないんですか?」
善し悪しは別として、ライリーのような態度の方が普通だろう。
「どうだろうね。まあ、他の礼拝所に頼むとかしない限り誰かが対処しないと駄目だしねえ。それに、分からないのが一番怖いだろ?」
それは一理ある。無知故に起こる悲劇は教典の中にも数多く伝えられている。
「私は両親と、孤児院の人達がずっと怖かったんだ」
暫しの沈黙の後、彼がぽつりと呟いた。普段と打って変わって暗く、掠れた声をしていた。
「両親がいらっしゃるのに孤児院に入っていたのですか」
どこかに、これ以上踏み込んではいけないと、警鐘を鳴らす僕がいる。聞こえなかったフリをすることもできた。そうしたら彼はきっと元通りおどけた声ではぐらかすのだろう。でも、今しかないような気がする。この時を逃したら、僕がここを離れるまでに、話してくれる機会があるだろうか。
「親に捨てられたんだよ。その後孤児院も実質追い出されて、今のところに来たんだけどね。小さい頃は、何で僕だけ叩かれて、気味悪がられるのかよく分からなかった。そのうち、自分に見えているモノが他人には見えていないことに気づいたけどね」
生家も孤児院も同じブラッドリー旧市街にあるそうだ。余計、あらぬ噂を立てられて傷つくことも多かっただろう。それに、殆どの孤児院は礼拝所が運営している。恐らく、祭司様の元に彼を預かって欲しいという話が持ちかけられたのだ。以前、アシュリーが来た頃には、ライリーが悪魔払いもどきをしていたと話していた。祭司様は、ライリーと同じ類いの人だと知り、彼を引き取ることにしたのだろうか。
「ライリーと会って、初めて自分が一人じゃないと知った。怯えていたのはむしろ両親や孤児院の方だったことが今になって分かったんだ。そりゃ商品や祭壇の傍に魔物がいるよーって言われたら信頼を失うもんね」
そう言って彼は無理矢理笑みを浮かべて見せた。まだ傷が残っている。それが痛いほど伝わってくるような笑顔だった。アシュリーも苦労の末に、今ここにいる。あの二人は出会ってからずっと、祭司様やビルの力を借りながら、周囲との違いに戸惑いながらも、支え合って生きてきたのだろう。こんな話を見えていない僕にする、という事は、それなりに信頼して貰えたと思って良いのだろうか。
「僕、兄さんの事、誤解していました。兄さんが黒魔女の集会に出ていると聞いたとき、悪魔崇拝に走っているのかと思っていたんです。『悪魔を信ぜずして神を信じることはできぬ』ともいいますし、兄さんが悪魔に興味を持つのは、兄さんなりの信仰心なんだと思います」
信頼してもらったからには、誠意を返さなくては。きっとこの人は、ライリーが手を出したくない分まで背負うつもりでいる。僕も、それに助力できたらいいと、思う。
「やだなあ、兄弟、らしくない事言っちゃって、それは私もか……。人をしんみりさせる魔法にでもかかってんのかねえ。ほら、行くよ」
少し重い空気を引きずって僕たちは酒場に立ち寄り、モモの家を教えて貰った。彼女の家に行き、名前を呼ぶ。辺りは静まりかえっていた。ちらりと窓から姿が見えたような気がしたが、返事は何もなかった。
アシュリーを手伝うと決めた僕だったが、務めをおろそかにはできない。ずっとライリーに肩代わりしてもらうのも申し訳ない。アシュリーはちょこちょこ抜け出しては、一人でモモの家を訪ねているようだった。
あからさまに逃げられたり、泣きながらお祈りの言葉をぶつぶつ言われたり、同居人の男性に追い払われたりしたらしい。結構散々な目に遭っているというのに、根気のあることだ。
更新時間が遅くなってすみません。お待たせいたしました。




