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祓魔師の話  作者: かめさん
第一章 先輩と兄さん
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転任と新たな出会い

 

天におわす神よ我らが罪を許し給え

  英雄よ降り立ちし地に祝福を与え給え

                    『ノーヴァムの書』より祈りの言葉


     ***


 夜のお祈りを終えると、僕は約束通り祭司様のお部屋に向かった。礼拝所の奥にある部屋から灯りが漏れていて、薄暗い廊下を仄かに照らしていた。部屋に入る前に、襟と胸元の羽根飾りを整える。グリフィンの羽を模した飾りはノーヴァム教の象徴だ。神に使える身たるもの歪んでいては格好がつかない。


 部屋の中は微かに麦の香りがした。蝋燭がちらちら燃えている。立派なあごひげを蓄えた祭司様の姿は、穏やかだがどこか威厳があり、自然と背筋が伸びるような心地がした。


「まあ、座り給え。これを」


 祭司様は僕を目の前の椅子に座らせ、手に飴玉を握らせた。訪ねてくる人に施しを忘れない所は尊敬できるが、子ども扱いされた様で少し恥ずかしい。


「今日の朗読も素晴らしかった。相変わらず良い声をしている」


「お、お褒めに預かり、光栄であります」


「して、君はここに来て何年になるかね」


「さ、三年です」


「そうかね。そろそろ大学に行くことを考えてもいい歳だね。だが、君を呼んだのは他でもない。さるお方から人手が欲しいという話があってだね。是非君に行って貰いたいと思っている」


 どうやら転任の話みたいだ。僕の元へ来たのは初めてだが、良くあることだ。どこへ行こうとも務めを果たすだけである。


「えっと、どちらへ行けば宜しいのでしょうか」


「ブラッドリーだ」


 僕はその言葉を聞いた途端鳥肌が立つのを感じた。ブラッドリーはこの辺りでは大きな都市で、近隣の祭司を束ねる大祭司様のいらっしゃる所だ。


「是非行かせて下さい」


「それはありがたい。では、三ヶ月後には向こうへ行けるよう準備をしたまえ。叙階の式もそれまでに済ませなくてはな」


 叙階の式を執り行って下さるということは侍祭として赴任するということか? 僕より三年長くいらっしゃる先輩はお酒の飲み過ぎでお叱りを受けているとはいえ、まだ僕と同じ読師だし、他にも式を受けていない先輩を何人か知っている。叙階を受けるには早すぎるのでは無いだろうか?


 もやもやした思いを抱えながらも、準備は進み、叙階の式を経て侍祭となり、送別会が執り行われた。良く議論を交わした先輩は、酔っ払いながら泣いていた。ここでの生活は、決して良いことばかりではなかったけれど、僕も泣きそうだった。

 そして、不安と期待を胸に、僕は故郷を旅立った。


     ***

 

 僕が降り立った場所は、どう見ても治安の悪そうな町外れであった。家の壁は崩れかけていて、河が溢れたのか泥でできた線が残っている。奥まった所に入ればどこで書く物を手に入れたのか落書きが施されているし、礼拝所では禁じられていたミグラン(嗜好品として使われる木)と思しき煙たい香りがする。


 現在目の前にしている礼拝所も大都市の物にしては小さく、塗装も剥げかけている。道中と比べると閑散としているような。とても大祭司様がいるようには見えない。


 門の傍では、日焼けした肌に、赤みがかった髪の男が箒で道を掃き清めていた。黒羊の毛で織られた染めのないキャソック(聖職者の普段着)を身につけ、胸元に羽の飾りが付いている。礼拝所の人だろう。


 近寄ってみると、どうやら男は僕と同じくらいか少し年上であるようだ。だが、ボタンはいくつか空いているし、先が茶色がかっている白い羽根飾りは曲がっていてだらしない。つい自分の羽根飾りがきちんとしているか確かめてしまった。

 ここが本当にこれから務める場所なのだろうか。不安になってきたので、聞いてみる事にした。


「もし、ここがプレラーリ(礼拝所)エスタ()・ブラッドリーですか?」


「は? あ、うん。そうだけど」


 いきなり話しかけて驚かせてしまったようだ。若干睨まれているような気がする。


「そうですか……」


 もう少し大きな建物だと思っていたんだけどなあ。


「大きいのはあっちにある大礼拝所の方」


 心の中に留めておいたつもりの言葉が声に出てしまっていたようだ。彼の指の先には城壁であろう壁がそびえ立っていた。


「あれが城壁ですか。立派ですね」


「そ、あっちが旧市街地。金持ちの住む方。んで、外にはあぶれた奴らが暮らしてる。中でもこの辺は街の人間も寄りつかないロッジ地区って訳だ」


 何となく状況が分かってきた。ブラッドリーには少なくとも二つ礼拝所がある。一つは城壁の中、昔ながらの街中にある大礼拝所。そこに大祭司様がいらっしゃる。もう一つは、貧民街の外れに建てられた東の礼拝所。そして僕が務めるべき場所はこちらだったということだ。


 祭司様の言葉をよくよく思い出して見れば合点がいくところがいくつもある。大礼拝所だったら助けが欲しいなんて言わないだろう。それに、叙階を行ったのだって、階位を上げなければ来てくれないだろうという打算が働いていた可能性が高い。


「あっちに用があるなら急いだほうがいいぜ。晩課(午後六時ごろ)には門が閉まるからな」


「いえ、その必要はないみたいです。あの、僕はブラスキャスターより参りました、マルク・ファルベルと申します。こちらで侍祭として務めさせていただきたく存じます」


 今日から共にお祈りをしていくであろう男に祭司様から頂いた推薦状を取り出す。


「あの、これをここの祭司様に渡したいのですが、案内していただけませんか」


 彼は推薦状を手に取り、目をまん丸にしながら僕と書状を交互に見つめる。そして、ぼさぼさの髪を掻いた。驚いているようだった。


「えー、じゃあお前が新入りってこと? あ、俺はライリー。兄として思いっきりしごいてやるから覚悟してろよな、兄弟」


「ま、まあよろしくお願いします」


 この日はライリーに敷地中を連れ回されたあと、荷物の片付けをして一日が終わった。明日から、ここでの生活が始まるのだ。固いベッドの上で、何度も寝返りを打った。初めての場所でも星はいつもと変わらず夜空を照らしている。

 まだここで務めている人全員にご挨拶できていない。他に、どんな方がいるのだろう。それに、兄弟分となったライリーという人、乱れた格好をしているし、言葉遣いも乱暴だが、上手く付き合えるだろうか。


ここまでお付き合い下さりありがとうございます。


<設定補足>

 聖職者の序列

守門→読師→(祓魔師)・待祭→副助祭→助祭→祭司→大祭司→総主となっています。

祓魔師は訓練を受けた人だけがなれる専門職なので、読師の後、必ず祓魔師になるわけではありません。


© 2021 かめさん

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の文がまるで聖書に出て来そうな文言でしたね。 それが物語が厳かな感じがしました。 主人公の成長を楽しみにしています。
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