(7/12)怪しい従業員
『星』はとても大切なものなんです。
それがないと大人になれません。別人の星を飲んだところで液体に変わらないと言われています。替えが効かないんです。
だからどの親も『星』は大事に保管します。ましてや街一番のお金持ち『ローレンヌ=ゲートリンガン』のものです。金庫に保管されて決して外には出ませんでした。
「金庫から『星』を持ちだすには金庫の暗証番号を知らないといけない。おそらく……身内の誰かが金庫を開ける私の姿を盗み見ていたのだろう。金庫から何も盗み出されたことはない。私も油断していた」
そう。暗証番号を知った『何者か』はけして金庫から金貨などは盗みませんでした。なぜならばその者の目的はそんなはした金ではなかったからです。ゲートリンガン家の全財産だったからです。
「ローレンヌ」とご当主が緑の髪のナンシーを見ていいました。
「私が慎重でなかったために……本当にお前にはすまないことをした」
ナンシーは茫然とご当主を見返すだけでした。
「従業員すべての身元調査が行われました」と静かにレインが言いました。
「怪しい者はいませんでした。ただ1人。娘がいることを隠していたメイドがいました。そんなことをしても私ども戸籍課に問い合わせればわかってしまうというのに」
それからリベルタを青い目で見つめました。
「あなたです。リベルタ=ウェインさん。15歳、緑の髪で紺の瞳のお嬢さんがいます。ナンシー=ウェインさんです。ちゃんと私どもの戸籍課に登録がありましたよ。『羽化』したご報告をいただいた方の名前も記録があります。アンナ=ミンツさんです。ナンシーさんの『叔母』とあります」
そして登録用紙を取り出して見せました。
「調査を始めて真っ先にナンシーさんの異常な『まゆ』のなり方がわかりました。ご近所の方がお話くださったんです。いいですか? 船の上で『まゆ』になるなんてあり得ないんです」
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『まゆ』は非常にデリケートです。強い衝撃が加われば脆くも崩れ、なかの『さなぎ』はダメになってしまう。
悲しい話ですが『まゆ』のまま、大人になれない子もいます。だから親は絶対安静にする。
「そのための部屋が用意され『まゆ』になる儀式が終われば必要最低限の大人しか部屋に入れません」
なのになぜ揺れる海上でまゆを作らせたのでしょう?『星』はいったんひかり始めれば本人が死ぬまで輝き続けるというのに。
なにもわざわざ船の上で『まゆ』になる必要なんかない。陸地について、家の中で『羽化』させるのが常識。
例えば船が転覆したら。絶対に『まゆ』の子は助からない。そんな危険を犯してまでなぜ?
「私どもは船会社に問い合わせ、さらに疑念を深めました」
なぜか。ナンシーの他に大人が4人も乗り合わせていたのです。
『羽化』前に母親に会いに行くのは当然でしょう。『まゆ』になれば全てが溶けて記憶も失われてしまうのだから。
『カイコ(子供のこと)』の状態で最後の別れを告げるのは当たり前でしょう。
でもそれ、付き添いはアンナ1人でいいのではないですか?
「リベルタさんのおうちはお世辞にもお金持ちとは言えません。娘を置いてお母さん1人で大陸にまではるばる出稼ぎにくるぐらいですからね。本の修理すらできないお家です。船に乗るならナンシーさんとせいぜいアンナさん。3等汽船の大部屋で雑魚寝です。それがなぜか2等個室。しかも付き添いの大人が4人」
『そうだったわ』とナンシーは思いました。確かに4人もいたなんて変だけれど、『羽化』して何もわからなくなっていたわたくしは気づかなかった。
「でもこれ。15歳の子を誘拐して個室の中で『まゆ』にさせるとなれば全て筋が通ってしまうんです」
人を1人脅して3週間も閉じ込めるのは大変です。隙を見て逃げ出され船員か乗客にでも告げ口されたらおしまい。
しかしまゆの状態なら大人しく人質になってくれるんです。
さらにまゆから出てきたら記憶を全部失っている。こんな都合のいい人質はいない。
姿形も変わり、記憶も失われ、誘拐犯を自分の母親だと思っている。
おまけに近所の人間に見られたとて誰からも疑われない。まゆになる前と後では瞳の色さえ同じであればいい。
まさか、誰も、別人にすり替わっているとは思わない。
「ここからは僕たちの想像になります」ダッタがレインの言葉を引き継ぎました。
「おそらく1年前の満月の日。ローレンヌお嬢様はメイドのリベルタに脅され小屋まで連れて行かれた。そこに待っていたのがリベルタの実の娘ナンシーと4人の大人たちだった」
アンナ、ルネ、ジム、ダイク、そしてナンシー。
「ローレンヌさんはそこで手紙を書かされた。現物をご当主のゲートリンガンさんがお持ちです! 見せていただけますか!?」
ご当主は黙って手紙をだしました。1年前のあの日。まゆの前に残されていた手紙。
受け取ったダッタがリベルタの目の前に置きました。
「それでこれが! 昨日こちらの……『緑の髪のナンシーさん』に書いていただいた手紙です!」
バーンて感じでダッタがテーブルに手紙をおきました。左が『1年前小屋で見つかった手紙』右が『昨日ナンシーが書いた手紙』です。全員の視線がそこに集まります。
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お父さま
お母さま
突然このようなことをして申し訳ありません。
わたくしはどうしても次の満月まで
大人になるのを待てませんでした。
1人でまゆになります。
ごきげんよう。
ローレンヌ
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「わかりますか? ホテルの押印がありますね? こちらの手紙は昨日ホテル備え付けのレターセットに書いてもらったからです。証拠として僕のサインとレインさんのサインも添えました。これ昨日ものです。なぜか1年前に一時行方不明になった『ローレンヌさん』の手紙の筆跡に酷似していますね? なぜですか?」
ダッタは左側に置いた1年前の手紙を指差しました。
「ただこちら………こちらの手紙は字が震えてしまっています。どんなにローレンヌさんが怖かったかと思うと胸が潰れそうですよ」
確かに。手紙の筆跡は似ていました。しかし左側の手紙の方は文字が震えてしまっています。
「あなた方6人は、小屋にローレンヌさんを監禁して手紙を書かせたわけですね? 銃で脅したのかナイフを使ったかはわかりませんよ。それでさらにローレンヌさんのハサミで彼女の髪を切った」
聞いているナンシーは震える思いでした。1年前、自分は大人5人に脅されながら真夜中の小屋で手紙を書かされたというのです。どんなに怖かったでしょう。ただ一つ救いがあるとすれば全く覚えていないことでした。
「そして、その場で服をナンシーさんと取り替えさせたわけです。大人5人が取り囲んでですよ。15歳の少女に! 下着まで脱がせて! これがどれほど破廉恥で卑怯な犯罪かみなさんお判りになりますか!?」
そして。ローレンヌを大人4人で屋敷の外に拉致した。あとは本物のナンシーが母親のリベルタの前で服を脱ぎ『まゆ』になればいい。
ローレンヌは大人4人に脅かされながらナンシーのふりをして船に乗った。個室の中で服を脱がされた上、無理矢理『ローレンヌの星』を飲んだ。
「これがこの事件の全貌です」
【次回】『確定した証拠はなにもない』
〈登場人物紹介〉
【デルタストン市】
ナンシー この物語の主人公。緑の髪の毛。15歳。
アンナ ナンシーの叔母
ジム アンナの夫
ルネ ナンシーの叔母
ダイク ルネの夫
レイン デルタストン市役所戸籍課職員
【オルトリア市】
ロバート=ゲートリンガン(ご当主)街一番のお金持ち
パトリシア=ゲートリンガン(奥様)ロバートの妻
ローレンヌ=ゲートリンガン ゲートリンガン夫妻の一人娘。朱色の髪の毛。15歳
リベルタ ゲートリンガン家のメイド
ミンティ ゲートリンガン家のメイド
ダッタ=ヘッジ オルトリア市戸籍課職員