(5/12)ついに『ローレンヌ』と対面する
翌日。馬車でお屋敷に連れて行かれました。
信じられない程大きなお屋敷でした。
庭園の1部が森というのもうなづけるような場所で。金ピカの門と門番が迎えてくれました。
全部の部屋にガラス窓が入っている!!
ガラスは高いんです。村では1度も見たことがありませんでした。窓に凝ったデザインの鉄格子がはめ込まれていて、馬車で結構走らないと門からお屋敷の玄関までたどりつけないくらいでした。
『わたくしがこんなところのお嬢様のわけないじゃない』
ナンシーはいつもボロボロの服を着て手の皮がむけるまでクワを握らされていたんですよ?
今日はレインが用意してくれた緑のこざっぱりした足首まであるワンピースドレスですが、荒れた手までは隠せませんでした。
赤恥をかいて帰ることになるだろうと思ったら胸が潰れそうです。
ダッタ=ヘッジとレイン、ナンシーの3人でメイドに中庭まで案内されました。
美しい庭!
魚の彫刻があしらわれた噴水と白いおしゃれなテーブル。テーブルをおおういくつものパラソル。金の縁取りがあるカップとソーサー。サンドイッチやスコーン。さらにアップルパイまで用意してありました。
何も嬉しくなかった。これらを見て何一つ『懐かしい』と思えなかったからです。戸惑いだけでした。
当主のゲートリンガン夫妻はとても厳しい表情でナンシーたちを迎えました。
灰色のひげを蓄えた上等の服をきた紳士と、かたわらの複雑に編まれた上げ髪の奥様でした。
2人とも硬い顔をしていました。
ダッタが快活に言いました。
「ゲートリンガンさん! 奥様! 何度も市役所に来ていただきすみませんでした。こちらが……」
「デルタストン市役所戸籍課のレイン=スペルです」レインが優雅にお辞儀しました。
「それでこちらが……」
奥様が厳しい表情を崩さないまま言いました。
「お話の方ね? お座りになって」
中庭の椅子に腰掛けるとメイドに連れられて1人の少女がやってきました。ナンシーは息を飲んだ。
朱色の髪。ツンと違った耳。シルク生地でできた白いドレスの少女。紺色の瞳。
「娘の………ローレンヌです」
「ローレンヌでございます」と朱色の髪の少女がドレスのスカート部分をつまんでお辞儀しました。そして当主と、奥様の隣に座りました。
ナンシーたちとは対面になりました。
ダッタ=ヘッジが一度唇をかみしめてから言いました。
「では………主役を呼びましょうか………」
主役?
@@@@
奥様が凛と通る声で言いました。
「リベルタ! リベルタをこちらへ!!」
モサモサした黒い髪の、鶏ガラのような女が来ました。薄い水色のドレスに白いエプロン。白いヘッドドレスをしています。
『メイドさんだわ……』とナンシーは思いました。さっき案内してくれた人も、お茶を持ってきてくれた人も同じ服装だったからです。
あ……でもこの人……!?
「はい。奥様。およびでございますか」
顔のたるんだギスギスした感じの人でした。紺色の瞳をしている。
奥様が優雅に椅子を右手で示しました。笑っています。
「お座りなさいな」
「えっめっめっそうもない」
そうでしょう。メイドが主人と同席するなど聞いたこともない。遠慮するリベルタにあくまで優しく、しかし有無を言わさぬ調子で奥様はもう一度椅子を進めました。
「いいからお座りなさい」
操り人形のようにリベルタと呼ばれたメイドが椅子に座りました。
ローレンヌの斜め左手です。
細長いテーブルでした。リベルタと90度の位置にみんなが座っています。リベルタの右手側にローレンヌ、奥様、旦那様。左手側にナンシー、レイン、ダッタ=ヘッジです。
あたかもリベルタを主役にしてみんなでお誕生日パーティーでも始めるかのようでした。
もうその時にはナンシーはわかっていました。
この人はリベルタ=ウェイン。そうナンシーのお母さんです。写真でしか知りませんが、海の向こうの大きな屋敷にメイドとして働いているはずでした。
『どうしてお母さんがここに……』ナンシーは事態がつかめなかった。
それにレインは何も説明してくれませんでした。「お屋敷に行けばわかります」と言われただけでした。もしかして何も情報を与えずナンシーの言動を観察していたのでしょうか?
「リベルタ。こちらの方ご存知?」と奥様が笑ってナンシーに右手を差し出しました。「緑の髪や紺の瞳が素敵だわ」
「いっ……いいえ………」
「あなたの一人娘のナンシーよ」
瞬間戸惑っていたリベルタの顔が紙のように白くなっていきました。
ナンシーはその場で会釈をした。初めて会うお母さん。
「娘? いえ、娘はここから船で3週間もかかる島におりますが……」
「私がお連れしました!」しっかり通る声でレインが言いました「初めまして! デルタストン市役所戸籍課のレイン=スペルです」
「こ……せき………か?」ナンシーは驚きました。そう言ったリベルタの手先がかすかに震えだしたからです。
「あら。どうなすったの?」奥様の静かな声。口元は微笑んでいます「大事に育ててきた一人娘と一年ぶりの再会じゃないの? 全く懐かしそうじゃないけれど」
リベルタが左手先を右手先でつかんだ。震えをなんとか止めようとしています。
「いえ……懐かしいといいますか……『羽化』後の娘と会うのは初めてでございますので」
「そうよねぇ『羽化』したら別人になってしまうものねぇ。瞳以外」
ナンシーはリベルタの様子を伺いました。実はナンシーも全く懐かしくはない。ナンシーは『忘却の子供たち』なので羽化前の記憶は全て忘れているわけですが。
目の端に違和感を覚えてそちらに目を向けハッとしました。朱色の髪のローレンヌがこちらを凝視している。なぜか口元を手で押さえて叫ぶのを我慢しているように見えました。
ダッタがおもむろに立ち上がりました。
「申し遅れました! 僕はオルトリア市役所戸籍課のダッタ=ヘッジです。今回の件でご説明申し上げに来ました!!」
ダッタは大きく息を吸うと庭の隅々まで通るような声でいいました。
「みなさん!! これは完全犯罪です!!」
【次回】『みなさんこれは完全犯罪です』
〈登場人物紹介〉
【デルタストン市】
ナンシー この物語の主人公。緑の髪の毛。15歳。
アンナ ナンシーの叔母
ジム アンナの夫
ルネ ナンシーの叔母
ダイク ルネの夫
レイン デルタストン市役所戸籍課職員
【オルトリア市】
ロバート=ゲートリンガン(ご当主)街一番のお金持ち
パトリシア=ゲートリンガン(奥様)ロバートの妻
ローレンヌ=ゲートリンガン ゲートリンガン夫妻の一人娘。朱色の髪の毛。15歳
リベルタ ゲートリンガン家のメイド
ミンティ ゲートリンガン家のメイド
ダッタ=ヘッジ オルトリア市戸籍課職員