真実か否か
「クゥムー、どうしてここに……?」
独り言のように呟きながら心配そうにヨロイクジラを撫でるロカへ、幾層もの風が寄り添う。俯く彼女の頬を優しく滑る風は、淡い金糸の髪を何度も巻き上げる。それはまるで、顔を上げてと風が励ましているかに見えた。
「……やっぱり、不思議な人だ」
無意識にそう呟いたリザレオは、ソラニルと少女が生み出す空間から目が離せない。
ロカの手の温もりが届いたのか、クゥムーの尾が動き、つぶらな瞳がゆっくりと開いた。
「……ムゥ」
「クゥムー! 良かった、気が付いたのね!」
「キュッ!」
ロカの声に反応したクゥムーは跳ねる勢いで起き上がると、目の前にいる少女の姿に感動したようにぶんぶんと尾を振り、彼女の胸に飛び込んだ。周囲の人だかりからどよめきが聞こえる。
大多数のソラニルは人間と共生する生き物だが、それでも、手を取り合う隣人のようには簡単に仲良くなれる存在ではない。それを覆している光景は、職業上ソラニルに遭遇する回数の多い騎士たちでさえ唖然とした。
自分たちを取り巻く世界の傾きなど気にすることもなく、微笑むロカはクゥムーを抱き締めながら話し出す。
「ねぇ、どうしてあなたがここにいるの? シュシュの草原でお別れをしたでしょ? 私は国を離れる、でもいつかちゃんと迎えに行くから待っててって」
「ムゥー……」
クゥムーは、尾をロカに巻き付けた。
甲殻が当たってロカが傷付かないように配慮した巻き方に、ディンセントは驚く。
「もちろん、私だってクゥムーとお別れはしたくなかったけど、国外では色々と面倒が起きる可能性があるからクゥムーは国に残りなさいって、大巫女様が仰ってたじゃない」
「ムームっ」
「もうっ、クゥムーってば。ああ、それにしても、会えて良かった。ねぇ、あなたの鼻が利くって言ってもね、クゥムー、世界はとっても広いのよ。背中合わせになっただけでお互いの姿に気付かないことだってあるんだから。今回は会えたから良かったものの……」
ロカは真剣にクゥムーを諭している。それを奇異や興味深い目で見つめる周囲の空気はざわざわと騒がしい。どうやってこの場を収拾しようか考えるのが若干面倒臭くなり、彼女の後ろ姿を腕組みして眺めているディンセントは、下から飛んでくるフェクサーの声に足を掴まれて眉間にさらに皺を寄せた。
「おい、ディーってばよ。ソラニルとフツーに喋ってるぞ、あの子」
「だから、何で俺に言うんだよ」
「何でって、お前が連れてきたんだろ? つーか、ディーとあの子の関係って何?」
ロカの毛先が風と踊り、太陽を反射した光がふいにディンセントの目を刺す。良いソラリコの傍にはいつも良い風がついていると聞いたことがあるなと、フェクサーへの返答を置き去りにしたディンセントは、眉の谷間を浅くさせながら思い出す。
「なあってばよ、」
「あーはいはい。あいつ、港の事故現場の空にいたんだ。倒壊したクレーンが吊るしてた荷物……一人じゃ到底担げないようなデカイ荷物を楽勝で持ち上げてた。そんな力を持ったソラリコなんて聞いたことねぇだろ? しかも、あいつ、空を渡れるのにソラリコじゃないと言うんだ。だから、事故の詳細を聞くついでにあいつを調べてやろうと思って、城に連れていく途中だったんだよ」
ディンセントの説明を聞いたレイブリックとフェクサーは、疑惑や困惑の気配を滲ませる。自分たちが扱えるのか不明な人物。もちろん、対処しなければならないのならば望むところだが、一見、普通の少女で害はありそうにない。
溜め息を吐きたくなる騎士たちは、歪んだ石畳に座り込んでいるロカとソラニルのやり取りを観察していた。
その少女が急に立ち上がる。ワンピースの裾を払うと、騎士三人組の所へ近付いてきた。ロカの傍に浮遊するソラニルも一緒にやってきたので、三人は思わず少し身構える。口を開くロカの顔に、どこか引き締まった色が見えた。
「この子の名前はクゥムー、私の友だち」
「友……」
「それでね、分かったの。広場がめちゃくちゃになっているのも、この子がここで倒れていたのも、理由があったんだって」
彼女の言動はまるで、ソラニルから直接聞いたような話ぶりだった。レイブリックとフェクサーはロカの放つ不思議な気配に常識の感覚を崩されていくようで、彼女への対応にいささか困っている様子だ。そんな地上の雰囲気をただ見下ろしているディンセントの目が、ロカの視線と繋がる。
ふ、とディンセントから溜め息が落ちた。
「何だよ、理由って」
「あのね、港でクレーンが倒れたでしょ? あれは、空からやってきた何かが当たったからなの。それが何だったのかは分からないんだけど……」
ロカはクゥムーとアイコンタクトを交わす。そのやり取りさえも、ディンセントには不思議な光景だった。
「港と同じように、この広場にも何かが飛んできたんだって。私を探してこの島に来ていたクゥムーがそれに気付いて、飛んできたものが島にぶつからないように防ごうとしたんだけど、飛んできたものの力がとても強くて、はじかれたクゥムーは気を失って島に落ちてしまったそうよ」
ディンセントは片目を薄める。
『何か』とは、一体何なのか。
少女は、この状況をどこまで知っていて、どこから知らないのか。
何よりも、得体の知れない少女の言動を信じてよいのか。
「ディンセント」
ロカの呼びかけで、ディンセントは思考の渦から我に返った。
「ね、お城の人に知らせなきゃ。今は収まっているみたいだけど、空がおかしいのは良くない。いつか何かが起こってしまうかもしれない」
「……」
ディンセントは唇を結ぶ。彼はロカの真剣な目に気付いたのだが、本当にこのまま彼女を城に連れていって大丈夫なのか、判断しかねていた。勘の鋭さが特徴といってもよいディンセントなのだが、いつもならばピンとくる脳の電流が今は鈍っていた。
クゥムーはおしゃべり好きですもちもち。