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ソラリコ  作者: 春鳩るい
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青空と漆黒の登場

 レンガの塀にしがみつく人夫は額を押さえる。


「……ありえねぇ」


 あれは、人夫が数人がかりで持ち上げようとしてもびくともしない重量の木箱であり、線の細い娘がたった一人でどうにかすることなど考えられないのだ。


 空中で崩れ落ちそうになっているクレーンの荷物を余裕で担ぎ上げ、ワンピースの裾を柔らかく揺らめかせているロカの姿をただ眺める人夫だったが、ふと、彼女の立ち位置から少し下に浮かぶ塊を見つけた。

 ロカも、いつの間にか自分の足下に存在している影に気付いて視線を落とす。

それと目が合った。


 首にゴーグルをぶら下げ、耳当てのあるオレンジ色のキャスケット帽からはみ出す淡い水色の髪を風に散らしながら、エアロハイカーと呼ばれる小型の飛行バイクに乗った少年だった。

 ロカと同じくらいの年齢だろうか、荷物配送用の飛行バイクに乗る彼は、キャスケット帽と同色のベストと膝下のズボンという、晴れの空によく映える色の制服を着ていた。


 彼は何故か、両手を前に突き出した格好のままロカを見上げて停止している。薄氷の髪の間から見える群青色の目がまん丸で、そんな少年のあまりの驚きように、両手を上げた状態で見下ろしているロカの動きも一瞬フリーズする。

 ロカの支えている荷物が、すっかり忘れ去られた自分の存在を知らせようと風を受けて小さく軋んだ。


「……あの、」


 手のひらの主張を受けて我に返ったロカは、とりあえず少年に一言呼びかける。


 白いスカートが少年の気を確かめるように大きくはためき、途端にストップの魔法が解けた彼は目を瞬かせると、何かに気付いたように慌てて視線を落下させる。


「ごっ、ごめん! わざとじゃないんだ!」


 両手を振り、何故か頬を紅潮させている少年の勝手な言動に首を傾げるロカのスカートの裾は、膝を見せたり隠したりしながら相変わらず柔らかく揺らめいている。

 通る風にクレーンの悲しげな響きが乗り、その囁きではっとしたロカの目に再度力強さが宿った。


「木箱のロープを切って!」

「えっ?」

「このままクレーンが倒れたら、木箱ごと持っていかれてしまう」

「で、でも、木箱の重みがあなたに、」

「いいから! 早く!」


 少年の戸惑いを押し払うかのように畳みかけるロカの声は、考えるより先にエアロハイカーのアクセルを踏ませる。エアロハイカーの底一面を覆うガラスが急速に金色に輝き、発進したエアロハイカーは滑るように木箱の上に到着する。

 倒壊目前のクレーンと繋がるロープを掴んだ少年だったが、重量級の貨物運搬にも耐えられるほど太く頑丈な鉄製のロープを切断できるような道具など持ち合わせていない。

 体温を鉄の糸に奪い取られ、彼の指先が冷えていく。


 一度港へ戻るしかないのかと島を睨んだ少年の上に騒音が走り込んできたかと思うと、すぐに声が飛んできた。


「おい、何なんだよ、これ!?」


 少年が驚きと共に振り上げた視線の先には、彼が乗っている小型のバイクより二回りも大きな黒のエアロハイカーに跨がった青年の姿だった。

 水色の髪の少年より歳上に見えるこの人物は黒の詰め襟の制服を着ており、胸ではコハントルタ国の紋章が誇らしげに風と太陽の喝采を受けていた。


「軽騎士さん!」

「どでかい音がして来てみたら、港は大騒ぎだわクレーンは倒れかかってるわ……一体何があったんだ、郵便屋!?」

「それが、」


「ロープはまだ!? お願い、早く!」


 姿の見えない第三者の声に驚いて辺りをきょろきょろと見渡す軽騎士へと、少年は切迫した表情で訴える。


「あのっ、あなたの剣でこのロープを斬ってもらえませんかっ?」


 軽騎士は帯刀している細剣の柄に手を添える。鞘に花や蔦の彫刻が施された白きその身が美しく震えた。


「は? どういう……」


 直後、軽騎士の言葉を押し潰した一際大きな金切り音が空を掌握したかと思うと、深く腹に響くような絶命の唸り声を上げながらクレーンの首がもげて落下し始める。

 少年は叫んだ。


「早く斬って! でないと荷物下の彼女が巻き込まれる!!」

「ちっ、頭下げてバイクを退け」


 急に冷静さを見せる低い声の軽騎士は、腰の剣から手を離した。同時にもう一方の手を空に這わせ、弧を描くように肩越しから背へ回す。

 黒く光る何かが彼の向こう側に垣間見えた次の瞬間、クレーンの滑落の遠吠えに紛れて二回ほど轟音が響いた。


「……!」


 少年は縮こまった首を解しながら目を見開く。

 木箱とクレーンの運命の鎖は千切られ、クレーン側の緒は弾けるように空高く舞い上がっていた。

 はっとして軽騎士の姿を捉えた少年の脳は、まるで闇の中に浸したような色をしている銃を構えた青年を認識する。黒髪の隙間から覗く真紅の瞳は鋭く、長めの銃身を持つ白い手袋が、全身を漆黒で包む軽騎士の中で奇妙に浮かび上がっている。

 遠ざかっていくクレーンから流れ出るロープは、別離の涙の軌跡に見えた。


「まったく……最初にはっきり言え、郵便屋、」


 赤い形状が見えなくなるほど遥か下へ落ちるクレーンのことなどすでに忘れ去ったかのように、軽騎士はのんびりと銃を背中に返した。


「木箱を支えてる奴がいるって」


 軽騎士は腕組みをしながら鼻を鳴らす。あ、という無音を口で象る少年は、キャスケット帽越しに頭を掻いた。


「ご、ごめん、慌ててて……って、その剣を使うんじゃ、なかったんだね」

「これは飾り、鉄なんか斬れねぇよ」


 主の苦笑に同調するかのように、黒いエアロハイカーのエンジン音が半音上がった。

 フルカウルのそれは少年の小型のエアロハイカーと機工や動力は同じだが、速力や機動力などの性能において数段上をいく。エアロハイカーF式、通称ハイエフと呼ばれるこの黒い乗り物は、コハントルタ国騎士団の軽騎士隊従務の者しか乗ることを許されていない。

 ボディ強化のための黒い防具がバイクを覆っており、晴天の空を走る一陣の闇の塊は物々しささえ覚える外装をしていた。

フルカウルのバイクってかっこいいですよねはぁはぁ。

ネイキッドもたまらんのですが。

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