対局
「香車の宙合い、銀。」
僕がたこやき屋の看板を見て呟くと、先ほどまで煙で髭以外がはっきりと見えなかった店主の姿があらわになった。
風貌だけだと40代以上に見えるが、目鼻だちは青竹の節のように若々しかった。
店主はぐたぐたなジーパンのポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。煙をため込み、大きく吐き出した後、
「水だな」
と力のこもった低い声を発し、煙草を咥えながら露店を後にした。
外はうだるような暑さで、水が欲しかった僕は、男について商店街を歩き始めた。
居酒屋、洋服屋、小さなマンションを超え、左に曲がった先の商店街の雰囲気から浮いた四階建ての綺麗なビルで男は止まった。
男はビルの前のインターホンを押し、ビルの階段を降り地下に進んだ。
扉を開けると8席ほど椅子と長机が並んでいる、6畳ほどの部屋があった。
「ここは?」
僕が聞くと、男は部屋の隅の冷蔵庫から缶チューハイを二本取り出し、取り出したその場で一本を開け、僕の前に歩んで来てもう一本を置いた。
「未成年に飲酒を勧めたら犯罪ですよ。」
男は僕の冷えた発言をまたも無視し、押し入れから風呂敷で包まれた大きなものを取り出し机の上に置いた。
風呂敷を開けると、2寸ほどの将棋盤と駒箱が現れた。
「将棋の対局を勧めたら犯罪ですよ。」
僕はまた冷たい大きな声をだした。
男はすーっと息を吸い、ふーっとまた大きく息を吐きだした後、駒箱に手をかけ、駒たちを山にした。
「始めるぞ。」
男は相変わらずの渋い顔で、山の中の王将を引き出した。つられて僕も山を崩し始める。指に触れた駒たちは角が丸みを帯び5角形の原型を失っていた。