甘藍
男は北のキャベツ農家の末っ子として生まれた。
小さな時から体が弱く、家の手伝いであるキャベツの収穫が十分にできなかった。
非力な男はキャベツの固い根本を鎌でうまく刈り取れず、変に力を入れて葉を傷つけてしまったりするのであった。
「どうしてお前だけこんなものを持ってくるんだ。」
母は男に呆れるようにそう言ってしまうことがあった。
兄弟はそんな男を嘲い、男はいつも暗い顔で過ごしていた。
そんな男を見かねた中学の国語の先生が、彼に週末も学校に習字の手習いに来ないかと誘った。
国語の先生は、日曜に朝から大人を含めた地域周辺の人々に習字を教えた後、その教室で"しょうぎ”の集会を開きみんなで対局をさせていた。
先生は歩と王将のみでの対局から行い、男に駒の動かし方を教えてくれた。
"将棋教室”に通うようになってから二年が過ぎ、卒業が近づいたころ、男は先生に進路の相談をした。
「お師様、家にこのままいるのは嫌ですが、僕には将棋以外に得意なものがありません。」
60ほどの老いた先生は、
「わしはもう何時でも定年でよいから、学校を辞めて道場を開こうと思う。そこに来ないか。」
男は土を耕し、種をまき、実家で忙しく働きながら、時間のあるシーズンに先生の道場に通った。
道場は先生の家の一室で行われ、日曜の教室と同じ雰囲気で近所の将棋好きが集まっていた。
男はそこでめきめきと力をつけ、歩と王将のみから始まった先生との対局は、"左香落"の手合いまでになっていた。
男は将棋の棋力が上がるにつれ、キャベツを切り取るコツをつかみ爽快に摘み取れるようになっていた。それは振り飛車を指している時攻め駒をうまく捌くかのようであった。
先生の将棋道場が開かれてから数年、いつものように左香落の手合いで先生と指していると、
「勝ったらここの将棋盤と駒をもっていってもよい。そうすればお前のためになるだろう。」
とおっしゃった。男は先生の家にある一番新しい将棋盤をもらい、風呂敷に包み実家に持って帰った。
その数週間後、警察の取り締まりが入り、道場を開いた先生は罪に問われた。
先生の家は跡形もなく燃やされ、先生は長身の警察に引きずられるようにどこかに連れていかれた。
燃やされた道場の跡地で、よく教室で一緒に指していた老人が教えてくれた。
「先生は昔大阪で棋士を志していたんだ。でもちょうどそのころ将棋禁止令が出てね。ここに帰ってきて頑張って学校の先生になったんだ。でも将棋が指したかったんだろうね。いつか自分が捕まることも怖くないように見えたよ。」
このまま実家にいるのが嫌だった男は、自分も大阪に行くことを決めた。




