たこ焼き
地元長野で中学を卒業した伊藤和人は、小さな工作機械メーカーの技術営業部に就職した。
就職2年目、客先の工場で起きた装置のトラブル対応のために昨日から親方の南田さんと大阪に来ていた。
親方の南田さんは、メンテ部品の納品を済ませ客に納品書を渡したのにも関わらず、
「俺はまだちょっくら用事があるからな。お前はテキトーに帰ってろ!」と言い残し消えた。
普段仕事熱心なのに出張の時には余裕を持ったスケジュールにするのは、どうせ出張してることにして怪しい女の子のお店に行くためだろう。会社宛に、「南田さん昨晩は楽しい夜をありがとうございました♡」なんてハガキがお店の人から来ていたのを見てしまったから僕は知っている。
南田さん、普段は真面目な人だけれども変わったところがあって、出張先周辺のえっちなお店の女の人に自分の名刺を渡すらしい。会社の名刺を渡す南田さんも、名刺に書いてある住所を頼りにわざわざハガキを送ってくる女の人もどうかしている。
おかげ様で平日なのに一日暇になった僕は、宿の近くにある怪しげな商店街に来ていた。
昨日遅くまでトラブル対応の作業がかかったため、何も食べないまま昼下がりになってしまい軽く食事を取りたいと歩き回っていた。
通りの端でソースの煙を漂わせる、どこにでもありそうなたこ焼き屋を発見した。
「へいいらっしゃい!」
僕のほうを見て髭面の店主が声をかけてきた。
手に丸めた300円を店主に渡すと、店主はぶっきらぼうな手つきでたこ焼きをまとめ、それを無言で僕に渡した。
そこそこの味だったたこ焼きを食べ終わったところでのどが渇いたので、
「お水はありませんか?」
と僕は尋ねると、髭面の店主は、
「ねーよ。」
とだけ答えた。
「(なんだか変な店主だな・・・)」
と思いながら露店の看板を見直すと、たこ焼き(8個入)300円の右下に小さく、薄汚れた茶色の紙の上に汚い文字と線でなにやら詰将棋らしきものが書かれている。
疲れているとよくわからないものも見えるものだなと思ったけど、
「香車のちゅうあい。。銀?」
と声に出してしまった。
先手の持駒:香 歩歩歩歩