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09 花嫁修行と結婚準備

ジョージアナ、エレイン

翌日から、ジョージアナへの、花嫁修業という名の、花嫁代理が花嫁のために教わる侯爵夫人ライフ講座が始まった。


早速、ドレスの採寸が行われたが、ジョージアナが思う以上に、侯爵夫人になるということは多くの人にかしずかれ、優遇されるものなのだとわかった。


自分が採寸するときに渋られるような、質の高いドレスが苦もなく提示され、それをクリストファーが選定していく。布からデザインから、全て。


手慣れたその姿は、今までもきっと多くの女性たちに贈ってきたのだろうと思わせる落ち着きがあった。


ジョージアナには関係ないけど。


でも、それだけ手慣れた人であれば、これまで、連れて歩いて恥ずかしくない人を選んできたはずだ。となれば、自分は、


「君はどれがいい?」


クリストファーの顔が自分を向き、ジョージアナはハッとした。


「私、ですか?」

「まぁ! まぁ、まぁ! 私としたことが! ご自分が着る服ですもの、お選びしたいですわよねぇ」


マダムがニコニコとジョージアナを見ている。ジョージアナは戸惑った。


「選ぶ……私が?」

「ええ! そうですとも!」

「私は……」


クラリッサの好みなら、よく知っている。黄色のドレスが好きで、レースを使うのも好きだ。


でも私は……


「無理しなくていい。特になければ、こちらで決めるから」


淡々とした口調でクリストファーが言った。すると、服屋のマダムがたしなめるようにクリストファーに指を立てた。


「いけませんわ、旦那様。私は小さい頃からあなたを知っているから言うのですけどね、今のは言葉が足りませんよ」

「……何がですか?」

「ほら、見てごらんなさい。奥様はすっかり萎縮なさって。でもね、心配なさらなくていいんですよ、奥様。旦那様は、慌てると良くないと思ってらっしゃるだけなの。いつだっておっしゃってくださいね! 何度変えてもようございますわ。よくよく考えなさってくださいまし」


奥様じゃないわ、と言う勇気も自由もなかった。クリストファーと気まずく目を合わせ、お互いに目を伏せる。


「次は、うちの使用人に挨拶だ。エレインに案内してもらい、執事から紹介してもらうといい」


採寸が無事に終わり、マダムが出て行ったあと、クリストファーが言った。ジョージアナは驚いて思わず腰を浮かせた。


「え? 私がですか?」


クリストファーが不思議そうにジョージアナを見た。


「他に誰がいるんだ?」

「で、でも、……私は代理で……」

「本人がいないのだから、君がやるしかない。そのための代理だろう。違うか?」

「そうですわね。そうでしたわ……でも、みなさん、私が主人になるわけでもないのに、覚えなきゃならないなんて……」

「クラリッサ嬢の双子の姉なのだろう? 遊びに来ることもあるだろうから、覚えていて損はない」

「な、なるほど……」


ジョージアナは席を辞すると、エレインに声をかけて、言われた通り、使用人達に挨拶に行った。使用人達は概ね好意的で、ジョージアナは大いに救われた。


「良かったわ、私、代理なのに、みなさん優しく受け入れてくださって」


挨拶が終わって部屋に戻ったジョージアナは、ホッとしてエレインに話しかけた。すると、エレインはジョージアナに紅茶を淹れながら、優しく微笑んだ。


「何をおっしゃるんです。ジョージアナ様がいつもお優しく、皆に声をかけてくださってるからですわ。部屋の掃除をしても、お礼を言ってくださるし、指示をくださるときも、的確で、理不尽なものはございません。食事も丁寧に味わってくださるし、苦手なものも美味しかったものも、同じように伝えてくださり、冷静で、とても感謝しております」


覚えのない賛辞の言葉に、ジョージアナは頬が熱くなった。手にしようとしたティーカップを掴み損ね、慌てて両手で自分の頬を包んだ。


「声を荒げるのが苦手なの」

「そんなところもお可愛らしいですわ」

「でも、あの、賑やかな場所も苦手で、人と話すのも苦手で、盛り上がる会話もできないし、……」


ジョージアナがしどろもどろに言うと、エレインは頬を包んでいたジョージアナの両手を取り、自分の手で包み直した。


「そんなことおっしゃらないでください。私たちにとっては、ジョージアナ様は素敵なお嬢様です。私たちの気持ちもお受け取りください」


エレインの言葉に、ジョージアナはハッとした。エレインの言葉を否定することは、彼女たちが感じたことを否定することだ。


「……わかったわ、エレイン。でもね、今のままでは、クリストファー様に申し訳ないと思っているの。代理でも、せめて、クリストファー様がちょっとでも誇らしく思うようにならなくてはね。だって、私よりもずっと、クラリッサの方が素敵なんですもの。それはいつでも変わらないの。でも、私があまりにもできが悪いと、クラリッサへの期待がしぼんでしまうかもしれないでしょう? 少しは素敵になって、クラリッサがどれだけ素敵なのか、妻にふさわしいのか、迎えたいのか、期待を持っていただけたらと思うの」


☆☆☆


ジョージアナの言葉が、エレインには不思議でならなかった。


「そんなこと……、今のままで充分に素敵ですのに……」


エレインはつぶやいたが、それをそのままジョージアナに言っても、聞き入れてもらえないことは理解していた。


この令嬢は、あまりに自己評価が低い。クリストファーが今まで連れてきた女性とはまるで違う。聡明で、礼儀も良く、丁寧で素直だ。良い侯爵夫人になるだろう。


もっと、自信を持っていいのに。


どうしたらわかってもらえるだろう? 彼女こそ、エレインが思い描いていた、クリストファーにふさわしい女主人だということを。この屋敷にいる使用人、誰もが、来てもくれないクラリッサより、来てくれたジョージアナを好ましく思っていることを。


そして、どうしたら、自分こそがクリストファー・テルフォードにふさわしいと、胸を張って言ってくれるのだろう?


彼女自身がここに馴染んでいるのに。


きっと、クリストファーに惹かれているはずなのに。


でもエレインにはどうすることもできなかった。



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