06 冷たい侯爵様?
クリストファー、ジョージアナ
その頃、二人を案内しながら、クリストファーは首をかしげていた。
『クラリッサは体調が悪く、家から出られないので、その双子の姉のジョージアナが代理でやってきた』
その連絡と事実のわずかな情報で、なんとなく状況は理解していた。つまり、クラリッサは、一度は承諾したこの結婚話を嫌がり、ジョージアナがその尻拭いをさせられているのだろう。
さもありなん。自分の社交界での評判はよく知っている。
打診された時は、クラリッサが乗り気だったはずだ。あの時送られてきた秋波は、それとみなされるものだ。それが変更とあっては、随分ともめたのではないか。
クリストファーとしては、誰でもいいわけではなかったが、クラリッサのように明るくてソツがなさそうな若い女性は、この、人の少ない侯爵邸に必要な人かもしれないと思っただけだった。
だが、まだ公表していないし、あの場の思いつきと流して欲しいと言われれば、こちらだって考えないこともなかった。
でもそれはなかった。子爵は、やめるつもりはないらしい。これからクラリッサの説得をするのだろう。
そこまでして子爵は自分と縁続きになりたいのかとうんざりしたが、それくらいわかりやすい方が楽ではあった。
所詮、爵位とはそんなものだ。厳格な父に育てられ、無愛想で友達も少ない自分は、見目と地位、そして表面上の社交だけで生きているようなものだ。自分自身に目を向けられるほど、自分はいい人間ではないことはわかっている。
もちろん、考えてはいたのだ。クリストファーとしては、着いた瞬間に何らかの不愉快さや違和感を感じたことにし、自分は仕方なく、その場で帰ってもらうことになるんだろう、と。破棄するには爵位が高い方からの方が断然それらしいし、初めての婚約と思われるクラリッサより、何度か失敗している自分のワガママと言われる方がずっといいはずだ。
だが、今、自分は、反対のことをしていた。
一目見て、嬉しそうに屋敷を褒めてくれた、可愛らしい婚約者代理と、その感じのいい従兄弟を、躊躇いもなく屋敷に招き入れていた。
ジュリアンといったっけ? 彼女は従兄弟と結婚するつもりなのだろうか? それなら、ここでの花嫁修行は悪いことでもないだろう。クラリッサと同時に結婚式だってできるかもしれない。それは良い案だ。
だが、クラリッサは結局結婚してくれるのだろうか?
そうであれば、もちろん、クリストファーが拒否する必要はない。
それとも、そのつもりでも、ジョージアナに負担がかかる今、ひとまず自分は結婚を取りやめるべきなのか?
いかんせん、どうしたらいいのか見当もつかない。
次はどう行動するべきなのか……
☆☆☆
「ジョージアナ嬢、あなたの部屋はこちらです。ジュリアン殿はもう少し先の部屋になりますね」
そう言いながら、前を歩き、自ら自分たちに部屋を案内するクリストファーに、ジョージアナは困惑していた。
こういうことは、普通、使用人達がすることだ。その証拠に、執事が困ったように自分たちの後をついてきている。おそらく仕事を取られてしまったのだろう。顔には出ていないが、雰囲気でわかる。クリストファーがこんなことをするのは、きっと、珍しいのだ。
「こちら側のお部屋は、庭が見えますのね」
自分の部屋の隣の部屋はドアが開け放してあり、その窓から屋敷の庭と、その向こうの領地が見て取れた。丁寧に整えられた庭園は、居心地が良さそうで、中央の東屋にかぶさる木の枝は程よく、ティータイムなどを読書をしながら過ごしたら、おそらく気持ちがいいだろうとジョージアナは思った。
「あぁ、……ええ、そうですね。あなたが退屈しないようにと、一番庭が綺麗に見える部屋ですよ」
「まぁ……そうですの」
「この家の女主人になるのですから、一番の良さを知ってもらうのは当然です。……あぁ、代理ですが、つまり、そのつもりでお迎えしたほうがいいかと」
「そう……ですわね」
ジョージアナは喜んでいいのか困っていいのかわからなかった。
庭が綺麗に見える部屋は嬉しいが、自分がこの屋敷の女主人になるわけでもないし、クラリッサとて、どうも想像がつかない。こんな広い家をどうやって管理するというのだろう?
ジョージアナが考えている間に、クリストファーは先へ進んだ。部屋を開けてはくれなかったが、執事が諦めていたところを見ると、クリストファーは手順すらよくわかっていないようだった。
「ジュリアン殿の部屋はこちらです」
クリストファーが手で指し示した部屋は、ドアが開いていて、中が見えた。驚いたことに、非常にシックで落ち着いた雰囲気の部屋だった。お目付役の部屋にしては、いい部屋過ぎる。
「……どうしてこの部屋を?」
ジュリアンが思わず尋ねると、クリストファーはかすかに首を傾げた。
「お気に召すかと思いまして。気に入らなければ、別の部屋にいたしますよ」
「い、いえいえ、滅相もございません。僕のような者が使っていいのかと思っただけで」
「あぁ、そのようにお考えですか。まぁ、それなりにいい部屋ですが、代理であれ、妻となる人には泊まっていただきたい部屋に泊まっていただくわけですから、付き添いの方には、それ相応に快適に過ごしていただきたいのです。それに、せっかくあるんです、使わなければ意味がありませんからね」
「はぁ、……それは……ありがとうございます」
ジョージアナの目には、穏やかに話すクリストファーは、丁寧で優しかったが、反面、どこか冷静で、退屈そうに見えた。彼が、困惑と思案で心ここに在らずな事を知らないジョージアナには、自分たちの事をなんとも思わない、とても冷たい人に思えたのだった。
お父様は、こんな方に、クラリッサを嫁がせようとしたのかしら?
ジョージアナは再度驚いていた。でも、クラリッサがいいと言ったのだし、そうなれば、きっとそんなことは関係ないのだろう。
でもやはり、彼は、今ここにクラリッサがきて欲しいと思っているのではないだろうか……冷静に見えて、ジョージアナでは不満で、だから、こんなに淡々と進んでいるのだ。
やっぱり、お断りしていただいた方がいいのだわ。そして、早く帰ろう。
そう決意したのもつかの間、数時間後には、ジョージアナの考えはすっかり変わってしまうことになった。