04 馬車での相談
ジョージアナ、ジュリアン
「ついてこなくても良かったのに」
ジョージアナが言うと、ジュリアンは笑った。
「叔父上にああ言われては、ついていくしかないさ。叔父上たちは行かれないのだろう? 僕が行かなければ父に怒られる。今も昔も、僕は君のお目付役なんだから」
「まぁ。頼もしいわね。でも、あなたもそろそろお相手を選ばなくてはならない頃でしょう? 私たちがデビューしたばかりだとか、まだ未婚だとか、お断りする口実にしたでしょう。クラリッサが結婚してしまえば、それも無理になるわね」
ジョージアナが笑うと、ジュリアンは嫌そうに眉をひそめた。
「うー……まぁ、そうだね」
「ジュリィなら、順番待ちをされているかもしれないわね」
「大袈裟だな。むしろ、僕が待ってるのに」
「そんな女性がいらっしゃるの? あなたのお眼鏡にかなうなんて、きっと素敵な人なんでしょうね」
「あぁ、優しくて、気が利いて、……僕と一緒に歩んでくれるような人がいいとは思っているけど」
ジョージアナは、考え深そうに語るジュリアンに、彼の真摯な内面を見た。いつも明るくて調子がいいことを言っていても、こんな風に、真面目なところはあるのだろう。
「へぇ……意外ね」
「何が」
「ロマンティストだわ」
「バカ言え」
ジュリアンはそっぽを向き、そんな彼が可愛いと、ジョージアナは微笑んだ。
ジュリアンは優しいが、それに甘えていてはいけないと、ジョージアナは理解していた。
今日だって、ジョージアナが一人で心細いだろうとついてきてくれたのだ。ジュリアンにもせめて、楽しんでもらえるよう、ジョージアナは失礼な態度をとらないように気をつけなければと決意した。
☆☆☆
「それにしても、クラリッサはどうしているかしら? 無事に帰ってくると思う?」
「うーん……駆け落ちだからなぁ……」
ジュリアンは言葉を濁した。
ジュリアンは、叔父夫妻が爵位に執着を持っていることは知っていた。叔父ベイルは、ジュリアンの父、ジャックとあまり仲が良くない。というか、ベイルが一方的にジャックを嫌っていて、ジャックが伯爵家を切り盛りしているのを悔しがっているというのが真実だ。
付け加えれば、ジュリアン本人が次男で、今は男爵だが将来は子爵であるという、ベイル本人と同じ宿命であるのを見ていると、非常に不愉快に思えるらしい。
それでもジュリアンの父はベイル叔父を気にかけていて、またその家庭を、クラリッサを、そして特にジョージアナを心配していた。その流れで、自分が訪問するようになっていたのだが、それもクラリッサのおかげだったとは。
だが、この騒動も何もかもクラリッサのせいだ。侯爵と結婚したら落ち着くと思ったのに、その前に面倒を起こしやがって。
ジョージアナはクラリッサが戻って来れば大丈夫と思っているようだが、この駆け落ちを世間に知られてしまった場合、大変に不名誉な評判がついてしまう。失敗してしまったらさらに大きいし、特に女性は難しい。
こういった場合だと、秘密裏に連れ戻して、相手にも口止めをしないとならないし、最悪の場合、誘拐騒ぎにするしかない。女性の立場が高ければできることでも、クラリッサは子爵令嬢だ。お相手が男爵以下か庶民でない限り、その方法も難しい。
何か問題が起きたら、こちらの家名にも傷がつきかねない。上を望めばきりがない世界で、あるものを汚さないで守りたい、こちらの気持ちも考えて欲しいものだ。
「駆け落ちとは絶対に言わないようにね」
「もちろん、言わないわ。不名誉なことですもの。侯爵様に悪いことをしてしまったわ」
「どうだろうね。案外、ジョージアナの方がいいと言い出すんじゃ?」
「まさか」
ジョージアナが軽く笑うと、ふと真面目な顔になった。
「それより、折を見て、早いところ、この結婚をやめてもらうようにお願いしようと思うの」
「どうして」
「侯爵だって、こんな事態、嬉しいことじゃないでしょう」
「でも……叔父上に逆らえなかったのに、侯爵様に言えるのかい?」
「まぁ、私だってやるときはやるのよ! 頑張って……言えると……思う……んだけど……」
声が小さくなってる。これはずいぶん頼もしいお言葉だ。
「いいよ、好きなようにしなよ。ここには叔父上も叔母上も、クラリッサもいないんだ。君の行動にいちいち文句を言う人もいない。客人だからね。楽しむといいさ。花嫁の代理人をね」
「からかって」
困ったように眉をひそめるジョージアナに、ジュリアンは笑ったが、不安は募った。そしてふと思った。距離が近すぎると、相手に不信感を与えかねない。愛称はやめて、適度な距離を持った方が、お目付役としては公平になるだろう。
ずっと不遇だったジョージアナが、また傷つくようなことにならなければいいが……
いや、心配しすぎるのはやめよう。まずは目の前のことだ。
クラリッサの不在の理由を、気づかれないようにしないとならないのだから。