39 あなたのそばに(最終話)
ジョージアナ
「それで?」
ジュリアンがニヤニヤしながらジョージアナを促した。
「それで、クリスがなんだって?」
「クリスが……私を……愛してると言ってくださって……」
「それから?」
「それから、その、……もう、何を言わせようとしてるの?!」
ようやく身辺が落ち着き、ジョージアナはゆったりと過ごせる日ができた。
ジョージアナはといえば、結婚を控え、この侯爵邸に住んでいた。今度こそ本当に、婚約者として。
それまでは、両親やクラリッサたちの辻褄合わせの対応や、本格的な侯爵夫人の勉強で忙しく、社交界どころではなかった。
いろいろ言う者もいたようだけれど、それも噂が定着し、最近は誰もが認めるようになったようで、ようやく結婚準備にだけ専念できるようになった。
あとは、婚約者として、クリストファーと一緒に舞踏会に出るだけだ。気が重いが、クリストファーとならなんとかやっていけるだろう。
そんな中、ジュリアンは、引き継いだスペンサー子爵の運営やこれまでの身分のことなどで、あっちに行ったりこっちに来たりして、忙しく過ごし、なかなか会うことができなかった。それでも、できるときには、変わらない態度で顔を見せてくれたことは、ジョージアナには心強かった。
そのジュリアンが、笑いながらジョージアナをからかった。
「いやぁ、ジョージィが幸せそうにしているのが嬉しくてね、つい」
「……ジュリアン。君はジョージィと呼んでいるのか?」
足音とともに低い声が聞こえ、ジュリアンが慌てるように立ち上がった。
「あれっ 嫌だなぁ、そうでした?」
「何を言ってらっしゃるの、クリス。昔からそうやって呼んでくれているわ、ね、ジュリィ」
ジョージアナの隣に座るクリスに、ジョージアナがそのまま笑顔を向けると、クリスは笑顔を凍らせた。ジュリアンは軽く頭を押さえている。
「あら、どうしたの? だってね、ジュリィはいつだって私の味方をしてくださったのよ。クリスだって知ってるでしょう。だから、怒らないで……って、どうして怒ってるの?」
「君をジョージィと呼ぶのは、ごく親しい人だけだと」
「ええ、クラリッサとジュリアンだけよ。そして、あなたね」
一瞬意味がわからなかったが、答えてからジョージアナは慌てて続けた。
「えぇと、私、でも、あなたに呼ばれるのが一番好きよ、クリス。とっても優しく聞こえるし、とても心が温かくなる。それに、私、何だか特別な人になった気がするの。まるで貴婦人になったみたいに……」
「ごちそうさま」
ジュリアンが席を立って屋敷に戻ろうとしていた。今日は泊まっていくのだから、ゆっくりできるはずなのに。
「あら、ジュリアン、どこへ?」
「ただの家族愛で嫉妬されるなんて割に合わない。やっぱり君を呼ぶのはジョージアナに統一する。ここにいる間、距離感の公平性を保つためにできたんだ、これからだってできるさ」
「まぁ、やめてしまうの? ……寂しいわ……」
「だって、クリスが怒るから」
「怒るわけないじゃない。どうしてそんなことを?」
すると、苦虫を噛み潰したような顔で、クリストファーが言った。
「ジュリアン、いや、ジュリィ。ジョージアナをジョージィと呼んでいい」
あらやだ。ジョージアナは驚いてクリストファーを見た。仏頂面で、確かに不満そうだ。ジュリアンは訝しげにクリストファーを見た。
「本当ですか? 放っておくと、習慣で呼んじゃいますよ?」
「大丈夫だ。嫉妬なんてしてない。そうさ、私と君だってクリスとジュリィと呼び合うようになってくれたんだ、今更、元あった縁を離すような無粋な真似はしたくない」
嫉妬。まさか、本当に? だってジュリアンよ? 思いながらも、ジョージアナは頬に血が昇るのを感じた。
そんな二人を見たジュリアンが、顔をほころばせる。
「そうですか。それなら、お言葉に甘えて、ジョージィ、クリス。また後で」
「あ、あぁ」
去っていくジュリアンの背中を見つめ、クリストファーの頬が少し赤くなった。
ジョージアナはふと考える。本当は、クリストファーは恋人や結婚相手より、友達が欲しかったんじゃないかって。誰より気さくで、親切な友人ができたなら、クリストファーの人生は、より豊かになるだろう。そう、ジュリアンのような。彼は生真面目で不器用なクリストファーには、とても良い友人だ。
「羨ましいわ」
「何が?」
「あなたとジュリアンは、とても仲がいいんですもの」
でも、嫉妬したらダメ。彼には必要だ。尊敬しあう友だけではなく、心を許しあえる友達が。外に向ける力が。
そして、彼の必要なものの中に、愛し合う相手として、ジョージアナがいればいいのだけれど。
クリストファーがため息をついた。
「ジョージィ」
「はい」
「君がいなければ、彼とも親しくはなれなかった。君がいなければ、私は始まらないんだ」
「はい……?」
「羨ましいのは私だよ。いつだって、ジュリアンに嫉妬している。これまで、彼が君と過ごしてきた時間を思うとね」
「まぁ。これから先、あなたとずっと一緒におりますわ。ジュリアンよりずっと長く」
「あぁ、私もそれを願っている。いや、……君を離さない。何があっても。君が必要なんだ。そばにいてくれるかい?」
「もちろんですわ、クリス。あなたのそばに私はおります」
すると、クリストファーは艶やかに微笑んだ。その時気が付いた。ジョージアナは、彼が犬と戯れていたあの時、……屋敷に来たあの時、ちらりと見ただけのあの笑顔に惹かれていたのだと。あの時にはすでに、引き返せなかったのだ。
「あぁ、……君のそばにいさせてくれ」
そう言うと、ジョージアナを優しく抱きしめた。
☆
おわり
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完結です!
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!




