37 勅令
ジュリアン
ジュリアンは肩をすくめた。
「そんなこと、わからないでしょう。爵位が欲しいだけなら、クラリッサを諦め、何としてもジョージアナを嫁がせたでしょうね。クラリッサを愛しているのなら、彼女が駆け落ちする前に気づいたはずだし、その時にはクラリッサを説得できただろうし、逃げてしまったなら、爵位を諦めたはず。でも、あなたは結局、どれもこれも欲しがった。そして、事実を隠匿して、クリス様を騙そうとした。なんだってそんなに欲しがるんでしょう? 今ある地位を大切にすればよかったのに」
言いながら、ジュリアンはベイルを見据えた。それはずっと思っていたことだった。
何かあれば、こちらに火の粉がかかる……そう思いながら、ヒヤヒヤしながら見ていたジュリアンと兄。そんなベイルに同情し、家族として大事にしていた父。
滑稽だ。
誰一人、何もわかっていなかったんだ。
「自分の家族のことすら、見えてなかった。僕の父が、……あなたを大事に思って、心配していたのに。父はあなたに伯爵の位を譲ったってよかったと言っていました。でもそうできなかったのは、あなたがそうやって不安定だからですよ。自分のことしか考えない。子爵より広い土地と人を守り、責任がある。とてもあなたには任せられない」
「黙れ……黙れ黙れ!」
「でも子爵としては、充分にやれていたじゃないですか? 土地の管理も財産も、申し分なく回せていた。娘しかいませんでしたが、どちらも器量よしで、評判も良い。良い縁談も持ってこれる良い教育をした。これ以上、何を望むんです?」
ベイルは頭を抱えて叫んだ。
「何も望んでいない! 本当だ! 娘には不自由させたくなかった! もちろん、爵位が高い相手が良いと思ったのはたしかだが、しかし、それだけの魅力のある娘じゃないか!」
「えぇ、そうですよ。そこが不安定なんですよ。娘は道具に過ぎないのなら、クラリッサを甘やかすべきじゃなかった。どちらも、ジョージアナのように育てるべきだったんですよ」
ジュリアンは吐き捨てるように言った。
あの自尊心のない、優しくて、親に逆らうことを知らない子。彼女のような悲しい子が二人もいたらと思うと吐き気がするが、クラリッサもそうであったのなら、決して駆け落ちなどしなかっただろう。
「何事も中途半端で、……正直、がっかりです。父の評価の半分もない」
「嘘だ。兄が私を評価してるだと?」
「してましたよ。父にどう言えば良いのかなぁ、本当に。今回のことを伝えれば、父はあなたに隠遁場所くらいは提供してくれるでしょう。よかったですね……」
「くそ。くそう!」
「僕は正直、スペンサー子爵なんていらないんですが……、爵位はどうせ同じですし。でも、ボビー、君はいるかい?」
そこでようやく、ジュリアンは二人に顔を向けた。ボビーもクラリッサも神妙な顔をしていたが、ボビーは小さく首を横に振った。
「……迷惑をおかけした。私は剥奪されこそすれ、新しい爵位を賜ることはできません」
「別に構わないよ。君の嫡男の権利をそのままにしておくのは、今回のことを伏せるためで、君のためじゃない。もしスペンサー子爵の爵位を賜るなら、それも君のためじゃない」
「わかってる。どんな理由であろうと、クラリッサの名誉を守ってくれたことに感謝する」
ボビーが頭を下げた。ジュリアンは視線をクラリッサに向け、微笑んだ。
「クラリッサ。真実の愛には満足したかい? 以前、言っていたね。愛し愛される人生は幸せだと。人に望まれて結婚するのが最高だと。そして、その真実の愛の前では、人々はひれ伏すくらいに感動するものなのだと。どうだった?」
クラリッサがぽろぽろと涙を流した。
「ごめ……ごめん、なさい。私、……大変なことを……」
謝られてももう遅い。それに、このことには、ジュリアンも充分責任があった。
「話をして欲しかったよ、クラリッサ。ジョージィもだけれど、悩んでいるのなら、僕に言って欲しかった。意地を張らずに、どうにかできないかと、相談してくれればよかったんだ。僕なりに、君たちには兄のような気持ちで、親身に接してきたと思っている。僕は君たちを家族として愛していた。僕は……何もできなかったのが心底悔しいよ。そんなに僕は頼りにならなかったかい? 信じられなかったのかい?」
何もわかっていなかった。ジュリアンは、外野から手をこまねいて見ていただけ。権利がないから何もできないと、思い込んでいた。確かに権利はなかったが、それでもできたことがあったはずだった。二人の従姉妹のために、何か。叔父夫婦のために、何か。
「君は……『内気な姉のため、相手を厳選し、クリス様ならと思い、まずはクリス様に近づくことにした。自分の名前で婚約を持ちかけたのは偽装で、もともと、ジョージアナに行ってもらう予定だった。なぜなら、自分には、ボビーがいたから。他愛ない計画ではあったが、それはうまくいき、安心したスペンサー子爵夫妻は、これを機会に引退することにした。』色々と穴のある計画だが、君が考えそうではある。それで……いいね?」
ジュリアンが言うと、クラリッサは決意を込めて、しっかりと頷いた。




