35 愛の始まり
ジョージアナ
ジョージアナは、クリストファーに連れらて、屋敷の応接室のソファに腰を下ろした。メイドがお茶を淹れてくれたが、ジョージアナは手をつけることもできなかった。
「ジョージィ……どうか、泣き止んでくれないか」
クリストファーが言ったが、ジョージアナはただ流れてくる涙を止められなかった。自分の中でも整理のつかない、様々な思いが胸をよぎる。
クラリッサを好きだった。今でも大好きなのに。それよりもクリストファーを好きになるなんて。
ジョージアナは自分が信じられなかった。
「ジュリアンは……なぜ陛下に会いに?」
「必要なことを成し遂げに、だ。君が心配することは何もない」
「クラリッサが……困るようなことは……?」
「彼女が嫌がれば、あるいはね。でも、彼女は私が思ったよりもずっと、愚かではない。だから、受け止めるはずだ」
「クリス、様……」
慣れない呼び名を口にして、ジョージアナは頬を赤らめた。
まだ信じられない。クリストファーが自分を愛しているなんて。結婚したいなんて。
「なぜ私だったのです? クラリッサではなく?」
「私はね、君に会うまで、思慕というものを知らなかったんだ。父と母の間には愛情はあったが、歳も離れていて、そこには家族の情愛しかなかった。だから、それだけで十分だと思っていた。両親亡き後は、多忙な上に、地位狙いの輩も多く、それらに意味を感じなかった。侯爵としての責務を果たせるならば、と」
「まぁ……それなのに、どうして」
むしろ、クラリッサでもジョージアナでもない、別の令嬢の方がずっと良いのでは?
ジョージアナが言うと、クリストファーは優しく微笑んだ。
「言っただろう、君に出会ったからだよ。君に幸せでいてほしいと願い、そしてできれば私が幸せにしたいと希望し、……私以外の者が君を幸せにするなら、嫉妬で眠れず、気持ちがかき乱される。だが、君を想うと、温かくて胸がいっぱいになり、満たされた気持ちになる。毎日でも会って、離したくないと思う……こんな気持ちは、君でなければ持てなかった。優しくて聡明な君が、私に愛を目覚めさせてくれたんだ」
「私が……? 優しい……? 聡明……?」
そんなこと、誰からも言われたことがない。だが、クリストファーは肯定するように頷いた。
「もちろんだよ。君は誰に対しても、公平に気を配ってくれている。自分のためではなく、皆が快適に過ごすためだ。私や、この屋敷の使用人にもきちんと伝わっているよ。そして、この家の歴史を汲み、ないがしろにせず、対策案すら考えてくれた。なのに、それを自慢することもない」
「でも私……」
「ジョージィ、私を愛していると言ってくれたのは、私のプライドを傷つけないための嘘かい?」
「まさか! 私は本当に、クリス様を愛しております」
「それなら、もう少し、私を信じてくれないか、ジョージィ。そして、自分を信じてほしい。この屋敷の者は、みんな、君が好きだ。が、私よりも愛が深い者はいないがな!」
胸を張ったクリストファーに、ジョージアナは唖然とし、思わず吹き出した。すると、クリストファーは柔らかく微笑み、ジョージアナの頬をくすぐった。
「笑った。涙も止まったね」
思わず手を頬にやり、涙が乾いているのがわかった。
「ジョージィ。この後、君にとって、ご両親や、クラリッサ嬢への出来事が、辛く思えるかもしれない。でも、私は君を守りたいし、私の立場では、しなければならないことなんだ。その分、私が君を悲しませないように、誰よりも君を愛そう。約束する」
「クリス様……」
このままではいられないのだわ。……ううん、わかってた。ここにきてしまった時から、この屋敷で息をつけるようになってしまってから。
もうあの頃に帰りたいとも思えない。クリストファーの側で、クリストファーと共に生きたい。離れたくない。
ジョージアナははっきり理解した。
クラリッサ中心に回ってきたジョージアナの生活は、変わってしまったのだ。




