31 そんな都合のいいこと、ありえない
ジョージアナ
ジョージアナは目を丸くした。ありえないわ、と言葉を出しそうになって、口が開かないことに気がついた。あまりのことに喉が張り付いたように声が出ない。
「こんな風に伝えるつもりじゃなかった。でも、信じて欲しい……私はクラリッサ嬢ではなく、君と結婚したいと思っている。ずっと結婚には愛なんていらないと思っていた。そう、ジョージアナ、君に会うまでは」
オロオロと頬を染めるジョージアナに、クリストファーはやや緊張した面持ちで微笑んだ。
「君はジュリアンと結婚するのだと思っていたから、諦めるつもりだった。でも、悪あがきをしたかった。クラリッサ嬢を歓迎したのは、彼女と話し合って婚約を解消し、君に改めて求婚するつもりだったからなんだ」
「まさか……」
「そう思うのも当然だろう。だが、……クラリッサ嬢と婚約をしている限り、他人に愛情を示すわけにいかない。そんな状態で君に愛を告白しては、君に迷惑がかかってしまうだろう? 私は君を愛人にしたいわけではないからね。だから、私は身動きが取れなかった。自分の浅はかさを呪ったよ。私が、自分がどんな人を愛せるのか考えもしないで、婚約するなんて」
ジョージアナは目眩がした。そんなに都合のいい話が、あるはずがない。
ジョージアナが怯えて身を縮めていると、ジョージアナの肩に、クラリッサの手が支えるようにそっと置かれた。温かい。
「それは本当ですの、クリストファー様」
ジョージアナの耳元で、クラリッサの声がした。見ると、クラリッサは蒼白でクリストファーを見ていた。鋭い視線は迫力があったが、クリストファーはそれをしっかりと受け止めて、頷いた。
「本当ですよ」
「冗談や酔狂じゃありませんのね?」
「もちろん、よく考えた」
神妙な顔で頷くクリストファーを、クラリッサはじっと見つめていた。
ジョージアナから見ても、クラリッサは美しく、魅力的だった。泣いて目の周りが腫れていても、ボビーの腕の中にいても、いつだって、クラリッサは華やかで輝いていた。
きっとクラリッサには、誰もが魅了され、……きっと先ほどの腕の中からでさえ、クラリッサを奪いたいと思うだろう。そう、ボビーの腕の中から、例え、二人が駆け落ちしたとしていても。理屈じゃないのだ。
それなのに、クリストファーは奪い取ろうとはしなかった。近くに寄りもしなかった。その上、自分と結婚したいという。どう見たって、クラリッサの方が魅力的なのに。どうしてなのか、さっぱりわからず、ジョージアナはひどく動揺した。
しばしの沈黙の後、クラリッサが意を決したようにクリストファーを見た。
「それなら、私、信じますわ」
「クラリッサ! 何を言うんだ!」
クラリッサの断固とした言葉に、父ベイルが咄嗟に反応した。それに続くように、母モニカが声を張り上げた。
「おやめなさい、クラリッサ! 侯爵様は混乱なさってるんだわ! あなたが選ばれないなんてありえないもの!」
「そうだ、よりによってジョージアナなんて! クラリッサ、お前は私たちの大事な娘だ。私たちが手塩にかけて育てた社交界の華だぞ!」
違う、違う。クラリッサが欲しい言葉はそれじゃない。ジョージアナはクラリッサの横顔を見ながら、その絶望を同じように味わった。
「いいえ、お父様、お母様。だったら、ジョージィだってお父様達の大事な娘ですわ……」
クラリッサが青ざめて言った。
「私……わかりませんわ、お父様。私と同じく、ジョージィだって選ばれるんですわ、だって、そうおっしゃったじゃありませんか」
「言ったよ、ジョージアナだっていつか選ばれる。だが、今回のはずがない。だってそうだろう? お前と比べると」
「いいえ、お父様」
ベイルの言葉を遮るように、クラリッサは首を横に振った。
「今、クリストファー様はジョージィを選びましたわ。私ではなく。どちらがどんなに優れようと劣っていようと、そんなこと関係がありません。だって、そもそも私、クリストファー様に選ばれないことを知っていたんです」
ベイルが眉をしかめた。ジョージアナはクラリッサが何を言い出すのか、気が気ではなかった。怒らせないで、もうこれ以上、その怒りの矛先が来るのは自分だ。クラリッサにではない。だから父を怒らせないで。
「どういうことだ」
「ええ、だって、私、釣り合わないんですもの! あの時、これだけの方なら、お父様もお母様も満足してくださると思った。ボビーじゃ反対されるのはわかっていましたもの。だから、クリストファー様にしようと思った。でも、私のことをよく知ってしまったら、断られてしまうと思ったから、早く進めてもらいました」
ジョージアナの肩に置かれたクラリッサの手に力が入った。いつでもどこでも、何をしていても、その華やかさに自信があったはずのクラリッサが、こんなに緊張しているなんて。
「そうです、私、自信がなかったの!」




