30 愛の強さと弱さ
ジョージアナ
「ねぇ、クラリッサ。僕はどんな君でも愛しているよ」
ボビーがクラリッサに近づき、穏やかに言った。
「そして、ご両親の言葉を重荷に思っていることも、僕は知っている。僕のうぬぼれでなければ、君は今まで自分で選んだことがない。でも、僕のことは選んでくれた。自分の判断で、僕の気持ちを受け止めてくれた。それを同情だとは思わない。君はそんなに器用な人じゃないんだから」
そして、クラリッサを優しく抱きとめた。クラリッサは身動きしなかったが、ボビーの陰に隠れて顔が見えなくなると、ホッとしたように肩を落とした気がした。
「バカね、あなた」
クラリッサのくぐもった声が聞こえた。
「なにがだい?」
「私なんかのために、……あなた、バカだわ。私、……駆け落ちなんてとんでもないことをしてしまったって……あなたは優秀な人なのに……とんでもないことを……」
クラリッサの声が震えた。
ジョージアナはクラリッサが心からボビーの心配をしているのがわかった。
そうだ。こうしてボビーが出てきてしまったことで、ボビーは逃げられなくなってしまった。男爵家の長男という立場はとても弱い。侯爵から花嫁を奪った罪で、投獄されてもおかしくない。今ここで、拘束されても。
ジョージアナはクリストファーをちらりと盗み見したが、無表情で、何を考えているのかわからなかった。それがいかにも侯爵らしく、ジョージアナは少しほっとした。彼はこんな場面でも自分を見失っていない。
権力のある者は感情の制御に慣れている。いちいち表情を変えていては話にならないだろう。
「クラリッサ、予定通り、田舎で暮らそう。そこで素晴らしいお茶会を開こう」
穏やかで爽やかなボビーの声に、クラリッサが泣くのをやめ、小さく呟いた。
「……狭い庭で?」
ボビーが笑った。
「そう。ここほど広くはないけれど、充分だよ。お茶会なんて、いくらでもできるさ」
「でも無理。人なんてこない」
「いいや、来るよ」
「来るわけないでしょ。わかってるじゃない、来るとしたら物見高い噂好きの、ゴシップ好きの……」
クラリッサの言い分に、ジョージアナはぞっとした。この話は全て社交界での噂になるだろう。何もかも、全てが。自分だって無事では済まないことはわかっていた。だが、メイドにすらなれなかったら、一体どうしたらいいのだろう?
「だろうね。でも、君を辱めるつもりでくる人はいない。絶対にだ」
「まさか、ありえない」
「ありえるよ。だって、みんな、君の武勇伝を聞きに来るからさ」
断言するボビーの言葉に、なぜか自信のようなものがあった。これが武勇伝になる? ジョージアナは驚いて息を飲んだ。
「……どういうこと?」
それはクラリッサも同じだったようで、クラリッサはボビーの腕の中から顔を上げた。その時、ジュリアンが一歩足を踏み出した。
「そうさ、クラリッサ。君は今日から、内気な姉のために果敢な挑戦をした令嬢になるんだ」
ジュリアンの言葉に、振り向いたクラリッサがぽかんとした。
「何、それ……」
「最初から、内気な姉と侯爵をくっつけるための、茶番だったとふれまわればいい。それでいいですよね? クリス」
ジュリアンがクリストファーに振り返った。クリストファーは戸惑いながらも、ジョージアナを見た。
「いいだろうか、ジョージアナ」
突然の話についていけないジョージアナに、クリストファーの視線が注がれた。じっと見つめられ、ジョージアナは息が詰まりそうになった。
「ど……どういうことですの……?」
すると、クリストファーはおもむろに口を開いた。
「私はクラリッサ嬢ではなく、君と結婚したいと思っている」




