03 父の提案
ジョージアナ
それにしても父は、一体何を考えるというのだろう?
ジョージアナはジュリアンを見たが、ジュリアンは厳しい顔で父の去った廊下を眺めていた。
すると、すぐに母のモニカが来た。
「まぁまぁ、ジョージアナ! クラリッサはどこ? これから侯爵様のお屋敷へ行くんですからね。花嫁修行に、花嫁衣装の採寸と、やることはいっぱいよ! あぁ、私が行けなくて残念だわ。侯爵様の領地はそれは素晴らしいのよ。こんな狭くて楽しみ甲斐のない土地と違って……あら、どうしたの?」
「お母様、お父様にお聞きなさってください」
「何を?」
ジョージアナがじっと見つめると、子爵夫人は不安を感じたようで、すぐに父を追いかけて走って行った。
「……大丈夫?」
ジュリアンの気遣う言葉に、ジョージアナは頷いた。
「父の書斎に行くわ。きっと、どうするかお決めになると思うから」
「僕も行くよ」
「ありがとう。ごめんなさいね、巻き込んでしまって」
すると、ジュリアンは肩をすくめた。
「いいや。クラリッサに、お祝いするから来てほしいと呼ばれたんだよ? 謝るのは君じゃなくて、クラリッサさ。こうなることを見越して、僕を送り込んだんだ。君の味方は僕だけだからね」
「クラリッサは優しいのよ」
「違うよ。自己保身さ」
軽い口調ではあったが、意外とジュリアンはクラリッサに厳しく、ジョージアナは驚いた。ジュリアンも、自分と同じように、クラリッサを賛美してやまないのだと思っていた。ジュリアンはジョージアナよりずっと、冷静に判断しているんだろう。
書斎に向かいながら、ジョージアナはなんと言われるか考えた。
『これからクラリッサを探しに行くから、家のことは任せた』
『お前がクラリッサを探しに行け。馬車をやる』
『お相手はどこの誰だ。報復してやるから教えろ』
だが、父の言った言葉は、どれとも違っていた。
「ジョージアナ、君が侯爵家に行ってくれ」
なんですと?
呆然としているジョージアナに、父は続けて言った。
「社交界慣れしていないお前にとっては、大変だろうが、お前は賢い子だ、充分できるだろう」
さすがにそれはないと、ジョージアナは反論を試みた。
「お父様、私が行くことはできませんわ。お父様はクラリッサをお勧めし、侯爵様はクラリッサをご所望なんですわよね? そうしたら、私が行くことは不敬にあたります」
「時間がないのだ。クラリッサを連れ戻すにも、時間がかかる。その間、ジョージアナ、君には侯爵家へ行って、クラリッサの代わりに花嫁修業をしてもらいたい。幸い、背格好も同じだし、ドレスだって同じサイズだ。クラリッサの代わりにはなるだろう」
クラリッサの代わりに……だが、父も母も、侯爵邸でどうやって過ごすつもりだろう。
「お父様達はどうお過ごしになられるの?」
「私たちは行かないよ。もともとモニカはいけないしな。ここでクラリッサを待つことにする」
「まぁ、では私一人でいけとおっしゃるの?」
「ああ。君は平気だろう? でもクラリッサはかわいそうに、下手な男に騙され、きっと失意のうちに帰ってくるだろう。その時に私たちがいてあげなければならない。侯爵との結婚式が始まる前に」
平気でしょうとも。そりゃ、……でも……
「では、その間、家の家計の管理は誰が?」
「モニカでもできるだろう?」
「でも、最近はずっと私がやっていて……帳簿も少し項目が増えているんです」
「見ればわかるんじゃないのか? そんなに難しいことじゃないだろう?」
「ええ、……そうですけど……」
反論できない自分が歯がゆかったが、ジョージアナは何も言えずうつむいた。すると、ジュリアンがきょとんとしてジョージアナに向かって言った。
「えっ、ジョージアナが帳簿つけてるの?」
「それがどうかしたのか? ジョージアナが暇そうだったからやらせただけだ。モニカだけでも充分にできる。ジョージアナには一人で行ってもらう」
「叔父上、横暴ですよ。さすがにジョージアナ一人では……」
「それならジュリアン、君がついていけばいいだろう。君の父君、……兄上には伝えておくよ」
「ですが」
「しつこいね。君がここに来るのを許していたのは、クラリッサが君の訪問を許していたからだよ。私は来てほしいわけではなかったんだからね。悪いが、帰ってもらおう。ジョージアナに付き添うというなら構わないが」
子爵の言葉に、ジュリアンは言葉を飲み込み、ため息をついた。
「そうさせていただきますよ」
「ジョージアナ、悪いが、侯爵邸へ行ってくれるね? 何、クラリッサが戻ってくるまでだ。君がクラリッサの良いところを伝え、侯爵の気持ちを持続させてあげてくれ。年老いた前侯爵の遅くに生まれた子だからね、代替わりは若かったが、……まぁ、それなりにいいこともあろう。縁つづきになれるなら、お前でも構わないし」
「叔父上」
「いいの、ジュリアン。決定には従うまでよ。わかりましたわ、お父様。荷造りを始めます」
「うむ。頼んだよ」
仕方がない。クラリッサの代わり。自分には、それしか取り柄がないのだから。
ジョージアナはその場を辞し、ジュリアンにも、もし来るなら荷造りをするように伝えると、部屋に戻った。
しばらくすると、ジョージアナの母が、荷造りを急いでいるジョージアナの元にやってきた。
「あーあ、本当にクラリッサったら、困ったものね」
愚痴りながらも楽しそうだ。いつものように、そういうところも可愛いと思っているんだろう。
ジョージアナはさすがにうんざりしてきていたが、それも、自分が花嫁代理で行かねばならないから、と言うだけで、火の粉が降りかからなければ、きっとなんとも思わなかっただろう。
そう思うと、随分と両親に感化されてきたんだと気づく。
「お母様は、クラリッサに侯爵様に嫁いでほしいのですか」
「ええ、それはもちろんよ。だって、とっても素敵な方なのよ。それにお金もあるし、地位もある」
「でも、クラリッサが言っておりましたわ。そんなに優しい方ではないかもしれないと……」
「それが何? まぁ、でも、そういう方なら、クラリッサじゃなくて、あなたが嫁いだ方がいいかもしれないわね。クラリッサは帰ってこない方がいいかもしれないわ。あの子には愛を得て幸せになる、その価値があるもの」
なるほど、ジョージアナには愛を得る価値がないと。
薄々わかってはいたけれど、面と向かって言われるとさすがにきついものがあった。
子爵夫人は、そんなジョージアナに気がつかず、不満そうに肩をすくめた。
「あなたは生意気にも、愛想以外はクラリッサと同じに、ううん、それ以上にできるんだもの。教えてもらえるんだし、クラリッサにできることが、あなたにできないなんてこと、あるのかしら?」
ええ、あるわ。たくさんあるわ。でも今、一番できないことは、駆け落ちね。
ジョージアナは心でつぶやくと、息をついた。