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29 罪の人影

ジョージアナ

「クラリッサ!」


颯爽と現れた人影は、精悍で男らしい、快活な男性だった。ジョージアナは一度だけ見たことがあった。


「ボビー……」


クラリッサの言葉が静かに落ちる。彼女の唇が震えていた。憂えているのか嬉しいのか、ジョージアナにはわからなかった。


「何しにいらしたの?」


クラリッサは落ち着き払った態度でボビーを見つめた。ボビーはクラリッサの前に立つと、申し訳なさそうに頭を垂れた。


「君の幸せな姿を見たかったんだ」

「それなら、すぐにでも帰って」

「安心したかった。君をここへ見送って正解だったと納得したくて……でも、君はちっとも楽しそうじゃなかった」


言いにくそうにいうボビーは、居心地が悪そうに身じろぎをした。確かに、ジョージアナの両親は彼を睨んでいるし、クラリッサは目をそらしているし、クリストファーは心配そうに見ている。針の筵のような中で、よく姿を現せたものだ。それだけクラリッサを案じているのだろう。なぜなら、クラリッサは追い詰められていたから。


「いいえ、楽しかったですわ。思い込みです」

「僕は知ってるよ。君の幸せな姿も、楽しんでる笑顔も、理解しているつもりだ。君はいつだって楽しみを見つけられる子だと思っている。だから、僕は、君の決断を尊重したかった。彼は僕よりずっといい縁談だし、それを君が選ぶのは当然だ」


言いながら、ボビーはにこりと微笑んだ。彼は本当にそう思っているんだ。ジョージアナは感激した。こんなに深く愛してくれる人がいるなんて、クラリッサは幸せだ。


「僕はご両親に認めてもらえるまでは、誓って手を出さない、そう言ったね。だから、君は潔白だ。僕を訴えてもいい。君の好きなようにしてくれ。だが、信じてほしい。あの時、不安そうだった君を助けたかったんだ。君を愛しているから、君に幸せになってほしいんだ」

「愛なんて」


クラリッサの唇が目に見えて震えた。


「何の役に立つの? より高い地位を得られるお相手の方が、幸せじゃないの。名乗っただけで頭を下げさせることができるなんて、最高だわ。いつだってそうなのですわ、だってお父様がおっしゃっていたんだもの」


不意に、ジュリアンが口を開いた。


「僕が言うことでもないと思うけど……クラリッサ、君の意見はどうなんだい? 君たち双子は本当によく似てる。自分の言葉で、自分の気持ちを言ってごらん。売り言葉に買い言葉ではなく、叔父さん達の意見ではなく。君の気持ちだ。本当に侯爵夫人になりたいのかい? クリスと結婚したいのかい?」


すると、クラリッサはひどく戸惑ったように周囲を見回した。ジュリアンを見て、クリストファーを見て、ジョージアナを見て、ボビーを見て、そしてまた、ジュリアンを見た。驚いたことに、クラリッサは自分の両親を見なかった。こちらを見て、と視線が訴えていたのに。


「私は……」


言いながら、クラリッサはボビーを見た。


「わからないわ……わからないの……私……」


クラリッサが真っ青な顔で、自分の頬を両手で覆った。ジョージアナが思わずクラリッサの肩にそっと手をやったが、肩の震えは止まらなかった。両親の視線が痛いほどに突き刺さる。


ジョージアナは、両親がこの瞬間、どう思っているのか手に取るように良く分かった。


クラリッサはクリストファーと結婚できない。それは、ジョージアナのせい。ジュリアンのせい。クリストファーのせい。クラリッサのせい。何もかも。


でも、そんなことを考える時だろうか。今ここで、肩を震わせて困惑しているクラリッサを、温かく抱きとめてあげられはしないのだろうか。


クラリッサは誰より二人を尊敬して、言うとおりにしてきた。そして二人はクラリッサを愛していたはずだ。駆け落ちの事だって、母は楽しそうに話していたではないか。可愛いクラリッサの小さなわがままだと言って。


いつだって、二人はクラリッサの味方だった。クラリッサだけの。


だから今回だって、混乱しているクラリッサを落ち着かせてあげられるはずだ。抱きしめて、『いつだって私たちはあなたの味方よ』と。


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