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28 愛の価値

クリストファー

「……クリストファー様、何を仰ってるのかわかりませんわ。結婚は愛などなくてもいいのでしょう?」


クラリッサの言葉に、クリストファーは思わず顔を歪めた。そうだ。自分だってそう思っていた。可愛らしくて、夫を立ててくれて、家を任せられそうなら、それでいいのだと。


だが今、クリストファーには愛する人がいてほしい。そして、クラリッサにはもういるではないか。駆け落ちするほど愛し合う相手が。そして裏切られてもなお、彼女を愛する男が。


クラリッサはクリストファーの思いなど知らないように、困ったように続けた。


「お父様もお母様も言っておりましたわ。私は綺麗だから、いくらでも必要とされるって。恋人は愛だけでいいけど、結婚は違うのですから」


彼女の両親は、クラリッサに何を教えているのだ。間違ってはいないが、正解は一つではない。クリストファーも結婚に関して、同じように思慮が浅はかだった自分を恥じた。


「……ええ、クラリッサ嬢。その傾向はあるし、確かにあなたにはそれだけの価値があるでしょう。でもそれは全てではないことはお分かりでしょうか」

「全てでは……ない?」

「愛だって必要ですよ、クラリッサ嬢。確かに、激しい愛は必ずしも必要はない。ですが、穏やかな愛、相手を思いやる気持ちが必要なのです。一番必要なのは、認め合い、相手を尊重することだ。侯爵家には伝統があります。それを維持し、発展させ、次に残さねばならない。私は自分の妻となる者に、この土地と屋敷と歴史を愛し認めてもらいたい。あなたには理解できるのでしょうか?」


クリストファーは、わざと突き放すように、きつく言葉を投げた。これで心が折れて、諦めてくれるといい。このような言い方では、ジョージアナもクリストファーに幻滅するかもしれない。だが、これはクリストファーの誇大評価ではなく、事実を述べただけだ。それだけの自信があるわけではない。自分が持っていると自信があるのは、ただ、愛だけだ。自分には愛があり、彼女だけだと伝えられたら。


「ですが、ウィケット侯爵殿! クラリッサが望める縁談の中で、あなたが一番良い縁談なのです! それを得るために、クラリッサがどれだけ努力したと思いますか?」

「努力?」


ベイル・ウィルクスの言葉に、クリストファーは失笑した。何の努力をしたというのか? 出会う前は華やかで綺麗にしていた。結婚が決まってからは、駆け落ちをして他の男と逃げただけだ。


「彼女がどんな努力をしたと?」


クリストファーの言葉に、ベイルは言葉を失った。彼だってわかっているのだ。くだらない言い訳をしないほうがいい。そう、全てクリストファーにはわかっているのだから。


「でも、私は悪くはありませんわ」


クラリッサがか細い声で言った。彼女は悪くないかもしれない。両親の言葉を信じて従ってきただけだ。彼女たちにはそれしかなかった。だが、だからと言って、ジョージアナを軽んじていいわけではない。


「なるほど、悪くない。ええ、そうなんでしょう、悪くないですとも。だが、悪くないから、私が結婚をもう一度申し込むというわけでもない。そもそも君は駆け落ちをした。私が、それを許してあげる寛大な人格者だと、思うかい?」


クラリッサの目に涙が浮かんだ。クリストファーはジョージアナを見ることができなかった。だが、目の端に映った彼女は、呆然と自分を眺めていた。顔には嫌悪すらにじんでいたかもしれない。


それでも構わなかった。クリストファーはクラリッサではないのだと知ってもらいたい。


「あなたは私ではないお相手と結婚したほうがいい」


クリストファーは、きっぱりと言い切った。


「もう……なんでばれちゃったの……? もう別れて吹っ切ったはずでしょう……?」


クラリッサが肩を震わせて泣き出した。ジョージアナがそっとその肩に手を乗せる。心配そうにクラリッサを見つめるその横顔はこわばっていた。クリストファーは全てを投げ出してジョージアナに謝罪し、懇願したかった。君の家族を傷つけてすまない。ただ君を愛しているんだと。だから少しでもいいから、こちらを向いてほしいと。


その時、ごちゃごちゃと声がして、誰かがやってきた。


「わかったわかった、僕が先に行く。やぁ、叔父さん叔母さん、クラリッサにジョージアナ……僕だよ」


ジュリアンが姿を見せた。クリストファーは驚いて口を開きかけたが、ジュリアンはそれを制して、肩をすくめた。彼は諦めたように笑っていた。


「僕がクリスに伝えたんだ」


モニカが金切り声をあげて立ち上がった。その勢いで飛びかかりそうなモニカを、慌ててベイルが抑える。それでもベイルは、忌々しそうな表情でジュリアンを見ていた。


「ボビーが来たんだ。紹介せざるをえないじゃないか」


すると、泣いていたクラリッサが顔を上げた。


「ボビーが……?」

「幸せな君を一目見たいと言ってね」

「本当に?」

「本当だよ、大切な従姉妹さん」


ジュリアンは申し訳なさそうにクラリッサを見た。クリストファーがちらりと伺うと、ジョージアナは混乱した表情でジュリアンとクラリッサを交互に見ていた。胸がつぶれそうだった。彼女はジュリアンをどう見ているのか。クラリッサをどう思っているのか。そして、彼女の中に、今、自分はいるのだろうか。欠片でもここにいるクリストファーの存在を感じてくれているのだろうか。


「ひどいわ!」


クラリッサが叫んだが、ジュリアンは表情を変えず、もちろん、クリストファーも何も感じなかった。


何がひどいというのだ。


ひどいのはそっちだ。騙したばかりか、クリストファーにジョージアナを会わせた。クリストファーは愛する気持ちを知ってしまった。もう戻ることはできない。ジョージアナのいない人生など考えられなくなってしまった。叶うはずがないのに。



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