23 来訪者
ウィル
ドンドン、と再び音がした。
「誰だ?」
ウィルが声をかけると、くぐもった声がした。
「私はボビー・ホワイトロー。ウォルター男爵家の者だ。我が名にかけて誓う、本人だ。おかしなことはしない。開けて欲しい」
なんだって。
ウィルは振り向いてエレインと目を合わせたが、エレインは首を横に振った。彼女は知らない。でも、自分は……
「え、ウィル、開けるの?」
ウィルはドアをギィ、と小さく開けた。少しだけ厳つく、彫りが深いハンサムな青年だった。向こうの地面に落ちる影が、彼のガタイの良さを示していた。
「……どうぞ」
ウィルは彼を認めると、ドアを開けた。使用人用のドアから入ろうと、幾つか試したに違いない。結果、ここにたどり着いたわけか。ウィルは思いながら、明かりに照らされる彼の足元を見た。靴が泥で汚れていた。馬を飛ばしてきたようで、まだ熱さが抜けていない。
「入れちゃうの?」
「大丈夫。俺は知ってる」
すると、彼は驚いた顔をした。
「私を知っているんですか」
「ええ。ジュリアン様に言われて、確認しに行った時に」
真面目で強く堅実で、反面、美しく華やかなものを限りなく慈しむと評判の、優しい男爵令息。
「お初にお目にかかります、ボビー・ホワイトロー様。ここには何をしにいらしたんですか? このあとどうするつもりですか? 旦那様を敵に回すおつもりなのですか?」
「歓迎されていないね」
「誰なの、ウィル」
「この方はボビー・ホワイトロー様。クラリッサ様の元駆け落ち相手だよ」
エレインが口をぽかんと開けた。
「か……駆け落ち?」
「え、知らなかったの?」
「ジョージアナ様はそんなことおっしゃらなかったし……他の人だって知らないでしょう?」
「まぁね、ご主人様だって知らないことだから。でも、君はクラリッサ様の侍女なんだよ。本人には知らないふりをしても、知っておかなければならないよ。秘密もね」
「ボビー様……本当のこと……でしょうか?」
エレインは震える声でボビーに向いた。まずい兆候だ。
「ああ、申し訳ない。私は」
「つまり、クラリッサ様は駆け落ちしたのに、戻ってきたってこと? ジョージアナ様を無理に連れてきたのに?」
「エレイン、落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわ。クラリッサ様にはボビー様の方がよっぽどお似合いじゃない! 華やかな美女と精悍で野生的な男性、これほどお似合いな組み合わせがある? しかも、……駆け落ちしてるのよ?」
「それは……そうだけど……」
「それで、ボビー様は何をしに? クラリッサ様をさらいに?」
「いいえ。最後に一目、彼女を見ておきたくて、来てしまいました。私は結婚式には呼ばれないと思うので……屋敷の片隅でいいのです、納屋でもいいので、泊めさせていただけませんか」
「なんだ……つまらないの」
心底面倒そうに、エレインは椅子に座り込んだ。ボビーと同等だからと気安いのか、男爵令嬢であるエレインの態度は厳しい。
「そう言わないで、エレイン。……ボビー様、旦那様にお知らせいたしますか」
「いや。申し訳ないが、やめてくれないか」
「ジュリアン様なら……?」
「ええ、ジュリアンなら。私のこともよく知っています。ここに顔を出せた義理ではありませんが、誰かに伝えねばならないというなら、彼をお願いします」
ウィルはホッとして頷いた。
「それなら、客室を用意いたしますので、お待ちください」
「だが」
「例えお忍びであっても、さすがに納屋や片隅では、侯爵家としてバツが悪いです。あとでバレた時に、私が怒られてしまいますよ。私に悪いと思うなら、客室をお使いください」
「そうだね……だが、……ジュリアンも出世したのだな」
「何がでしょうか?」
「ここに勤めているのでしょう? 側近? 秘書見習い? クラリッサの口利きで?」
側近、秘書とくるあたり、ジュリアンは高く見込まれているらしい。ウィルも同感だった。いっそのこと、それで推薦してみようか。エレインと一緒になれると聞けば、この屋敷に残ることとも考えてくれるかもしれない。
考えながら、ウィルは肩をすくめた。
「違いますよ。私どもの主人の、友人としておいでになっております」
「まさか?」
「ジョージアナ様のお目付役として、彼女の伯父上様から遣わされたそうです」
「そうか……迷惑をかけたな……」
「まったくです。捕まえておいてくださればよいものを」
「そうだな。お嬢さん、君は全く正しい」
「今更!」
プリプリと怒るエレインを前に、ウィルはため息をついた。
このあと静かに部屋を片付けて、静かに移動して、静かに人を配置して、……
「どうにかして、穏便にクラリッサ様を連れて帰っていただけません?」
エレインの言葉に大いに賛同したかったが、どうしたらそれができるのか、ウィルには見当もつかなかった。




