20 こんなはずじゃ
クラリッサ
侯爵邸に宿泊して、三日が経った。それなのに、全然進展しない。
イライラする。
クラリッサはおとなしく自分の前で紅茶を飲んでいるジョージアナに苛立ちをぶつけた。
「私と一緒にいるのが嫌なら、席を外していいのよ」
すると、ジョージアナは心底驚いた顔をしてクラリッサに顔を向けた。
「まぁ、クラリッサ。そんなことないわ。あなたのお相手ができるのは楽しいことよ」
「それなら、なんでそんなにつまらなそうなの?」
「そう? 困ったわ、きっと疲れが出たのね。あなたが来て、私の肩の荷が下りたんだもの。少しは許してちょうだい」
穏やかなジョージアナの言葉を聞いて、クラリッサは余計に苛立ちが募り、さらに冷たく言い放った。
「結婚式はいつになるかわからないし……一度、家に帰ったら?」
「そうはいっても……結婚式には出ないとならないのだから、無理だわ」
「姉妹だからって無理して出席しなくていいのよ。派手なこと嫌いでしょ。私、とっても派手にするつもりよ。お金持ちなんだし、当主の結婚式なんだし、私は若くて美しいんだもの、当然よね」
「そうねぇ」
穏やかに笑うジョージアナは、なんだか張り合いがない。何を言っても優しいのは、いつもと変わらないけれど、なんだか違うのだ。
今まで、クラリッサが言い過ぎれば、ジョージアナはいつだって言い過ぎだと抑えてくれたのに、今日は一度も言ってくれない。おかげで、何をどう言えばいいのかわからない。
言い過ぎた? これでいいの?
クラリッサは、困っていた。
クラリッサが到着した時、ジョージアナと侯爵は随分とギクシャクしていたから、ジョージアナはここにいてもつまらないのだと思った。もし自信をなくしているのなら、それはジョージアナのせいではないと言いたかった。ここにいてもつまらなそうだから、帰ったらと言ったのだ。
でも、ジョージアナは動こうとしなかった。帰る気配もない。ただ穏やかに笑うだけ。
こんなの、ジョージィじゃない。
少なくとも、クラリッサの知っている、いつも自分のことを考えてくれたジョージアナではなかった。ジョージアナは聡明で真面目で、可愛くて、とても優しい、自分の自慢の双子の姉。それが当然だと思っていたのに……どうしてそうじゃないの? 言えないことがあるの?
自分が苛立っている理由は、それだけではなかった。
一番は、クリストファーと先の話がほとんどできないことだ。
あの舞踏会で目があった時、クリストファーも自分を魅力的だと思ったと感じた。それは今でも変わらない。クリストファーはクラリッサを丁寧に相手してくれるし、優しい。
でも、来たらすぐに始まると思っていた結婚式の話が、頓挫したままだ。その代わり、クリストファーの視線はさまよって、いつもジョージアナを探している気がする。
まさか、クラリッサに魅力がないとでも? ジョージアナの方がいいと?
まさか!
舞踏会ではいつも引っ張りだこだし、いつだって、クラリッサは輝いていたのだ。貴族という、手入れのされた庭園のような世界では、野の花などより、美しいバラの方が似合うはず。まして、クリストファーのような、うっとりするほど美しく地位もある男性には。
少なくとも、そう教わってきたのだ、クラリッサは。
一時の気の迷いで駆け落ちなんてして、本当に失敗だった。
ボビーが熱心に言うから、逃げてしまったけれど……
クラリッサは、どうしても情熱に抗えない自分に少し腹が立った。
冷静に考えれば、クリストファーの方が断然良い。確かに、侯爵夫人は気が重いし、切り盛りは得意ではないけれど、それでも、最初は助けて貰えばできることだ。
クラリッサは自分こそが見初められるものだと信じていた。
ま、あれだけ熱烈に口説かれるのも、悪い気はしなかったけど。
クラリッサがその時のことを思い出し、鼻歌を歌い始めると、ジョージアナはふと思い出したように顔を上げた。
「あ、そうだわ。クラリッサ、私、倉庫に行く用事があったの。席を外してもいい?」
「いいわよ。いってらっしゃいよ」
「早く読み終わるといいわね。その本、とても面白かったわよ」
ジョージアナが出て行く姿を見て、エレインがつぶやいた。
「……お一人なんて、不用心な」
クラリッサは、いつまでたっても自分よりもジョージアナを気にかけるエレインに苛立ちながら、こらえて声をかけた。
「エレイン、ちょっと」
呼ぶとエレインはしずしずとやってきた。
「これ、どう読むの?」
この家の歴史が書いてある本だ。古い言い回しで書かれているところもあり、時折わかりにくい。
「まぁ。注釈本が必要でしたかしら。ジョージアナ様は簡単に読んでおられましたから、必要ないかと思っておりましたわ。幼い子に読ませるような注釈ですけれど、必要ならお持ちいたしますわ。これくらいは、さっさと読んでいただかないと、まだまだありますのよ、覚えていただきたいことは」
「わかってるわ」
「よろしくお願いいたします」
にっこりと、いやみっぽくいうエレインに苛立ったが、クラリッサは癇癪を起こさないように息をついた。
そっちがその気なら、こっちだって。
「ジョージアナはさぞかし、簡単に読めたんでしょうけどね。だからと言って、実行する知恵がないと、意味がないでしょ。あの子は何もできないもの」
「まぁ、クラリッサ様は随分とお出来になられますのね。ジョージアナ様には提案などいただいて、旦那様も感心しておられましたわ。ジョージアナ様よりもっと素敵なアイデアがあるというのは、頼もしい限りですわ」
エレインが言いながら、本を取りに下がっていく。
嘘でしょ? ジョージアナが提案? 家じゃ、何もできなくて、ただ部屋の隅で本を読んでいるだけだったのに? 何かを発言するなんて?
クリストファーは意外とつれなく、会話が成立しなかった。お互いに、言っていることが噛み合わないのだ。互いに合わせようと努力できるはずなのに、クリストファーは心ここに在らずで、そっけない。
使用人達も自分に愛想がない。
かしずかれて、何でも命令できて、もっと楽できると思ったのに、全然違う。
楽しくない。
クラリッサは不満を抱えたまま、それでも、侯爵家の一員となるため、歴史書を読み進めたのだった。




