19 想う人
クリストファー
目を丸くするジュリアンに、クリストファーは慌ててフォローを入れた。
いけない。これでは誤解されてしまう。
「実は……昔、私はクリスと呼ばれていたんだが……当時親しかった友とは疎遠になって、今では呼んでくれる人もいないから……家族とはいいものだと……思ってね」
「そうでしたか。僕など、ジュリィと呼ばれていましたが、知り合いの犬と同じ名前でして、随分とからかわれたものでした」
懐かしそうに話すその幼い日々の中に、ジョージアナはいるのだろうか。幼い頃に彼女と出会っていたら、自分も変わっていただろうか。
「ジュリィか。可愛らしく聞こえるが、君の感じの良さによく似合うな」
「そうですか? お気に召したのであれば、お呼びしますか?」
「……いいのかい?」
「ええ。条件がありますが」
「なんだ」
一瞬、クリストファーは身を引き締めたが、ジュリアンは悪戯っぽく笑っただけだった。
「クリストファー様をクリスとお呼びする権利をいただければ」
「それは……構わないが……そんなことでいいのか?」
「充分ですよ。何しろ、先ほどの顔は随分と寂しそうで、誰かに呼んでほしそうでしたからね、クリス様。力及ばずながら、友人として呼ばせていただきますよ」
クリストファーは思わず顔をしかめた。
「……そんなにわかりやすかったか?」
「あなたはご自分で思うほど、無表情ではありませんよ。この家の使用人達から愛されているのは、そういったところなのでしょう」
「敬称はいらないよ、ジュリィ。友人か……今まで……君のような友人はいなかったな」
「どこにでもいると思いますが」
不思議そうな顔で言うジュリアンに、クリストファーは自嘲気味に笑った。
「私はどうも人付き合いが苦手でね。君のような人には敬遠されてしまうんだ。いや……違うな。私が敬遠してきたんだ。笑われるのが怖くて」
「あなたを笑う方など、どこにもおりませんよ」
「面と向かってはね。君も噂を聞いていたならわかるはずだよ、ジュリィ。私は欠点だらけだ。でも、尊敬し合い、友でいてくれる人たちに笑われないようにしたかった。妻にも気をつけないとならないと思って、勧めてもらったのを鵜呑みにしたんだ。だから、クラリッサ嬢のことはよく知らなくて……ジョージアナは自慢の妹だといつも言っていたが、本当にそうなのか? 知っているかい、クラリッサ嬢の恋人候補たちは、ジョージアナと話すとクラリッサ嬢に興味をなくすそうなんだ。どうしてだ?」
「クリスはどうお思いですか?」
聞かれて気がついた。クリストファーはクラリッサにつゆほどの興味もなかった。再会してすぐ、なんの感慨も持てなかった。自分はクラリッサを通してジョージアナを見ていた。
クリストファーは苦し紛れに質問を返した。
「君はクラリッサ嬢の事はどう思う?」
ジュリアンは肩をすくめた。
「可愛い従姉妹ですよ。多少、わがままなところはありますが、一生懸命で素直です。導いてあげれば、彼女も成長し、まともにやっていけるでしょう。ちやほやされてきたからでしょうね、今は自分に自信がありすぎて、それが当然と思っていますが……おそらく気づいてきているはずです。逃げずに向き合えば、きっと」
「確かに……素直だし、自信があるのはいいことだと……思う」
ジュリアンの言うことはいちいち正しく聞こえた。確かに、友人たちには、導いてあげるように言われたのだ。あれだけ可愛らしいのだから、惚れ込めば導くのに苦労はないだろうと。
「だからと言って、クラリッサがあなたに合うとは思っていませんけどね。気づいていましたか。あなたは今まで、あなたがクラリッサをどう思うか、一度も話していないんです。結婚相手のことより、ジョージアナの動向の方が気になるんですか? 誰より目を引くあの子を差し置いて」
気づかれた。
クリストファーはジュリアンを見た。目が合い、ジュリアンがふと笑った。お前は負けているのに何を横恋慕しているのだ、と言われた気がした。胃がキュッと痛くなったが、次の彼の言葉はクリストファーを驚かせた。
「ま、でも、そういうあなたにこそ、ジョージアナを託したいと思っていますけどね、僕は」
「え? しかし」
ジョージアナは君と結婚したいと言っていたではないか、と言いかけ、慌てて押しとどめた。盗み聞きしていたのがバレては、きっとひどく幻滅されるだろう。
「ジョージアナと話せば、彼女の事を、聡明で、淑やかで、とても優しいとみんな言います。でも、笑顔が美しく、クラリッサより可愛いというのはあなただけですよ、クリス」
ジュリアンはそういうと、礼をして去っていった。




