17 苛立ち
クリストファー
ジョージィ……ジョージィか……
クリストファーはジョージアナの落ち着き払った横顔を思い出していた。
親しげにそう呼ばれていた姿は、いつも通りだった。できれば自分も呼んでみたかったが、親しくなるつもりもない相手に、愛称など教えてくれるはずもない。
クラリッサを見てしきたりを思い出して挨拶をしたが、ジョージアナにはしたことがないことに気がついた。
思えば、初めて屋敷の前で、彼女が嬉しそうに声を上げた時、あの時から、自分の中で彼女が特別になっていたのだろう。でなければ、あんな風に、しきたりや礼儀を忘れて、あれこれ手間取ったりしなかった。きっと、そういうことだ。
気づくのが遅かった。もっと早く気付いていれば、彼女がいる間に、口説くこともできたかもしれない。だが、自分が何をしても、きっと彼女の気持ちが自分に向くことはないのだろう。
「侯爵様、ジョージアナは陰気な子でしょう。そのおかげでこのお屋敷も、随分と陰気になってしまったのではないですか。ですが、ご安心ください、うちの自慢のクラリッサが明るい空間にしますから。すぐですよ。やはり、あの子では心もとないですね、代理なのに情けない。陰気なあの子に屋敷までもがつられてしまって。クラリッサの半分も彼女の良さを伝えていないのだから。ですよねぇ、ウィケット侯爵」
呼ばれ、クリストファーは物思いにふけっていたことに気がついた。滔々とスペンサー子爵であるベイル・ウィルクスが話していたが、半分くらいしか聞いていなかった。だが、自分にとって快適な話題ではないことはわかっていた。
「それには及びませんよ、子爵殿。この屋敷は私が先祖代々受け継いできたものです。多少の変化は好みますが、全面改革はお話だけにしておいてください。このまま維持するのは、私の意志だけではなく、継がれてきた意志そのものですので。そして、この屋敷が陰気だとすれば、私のせいで、決してジョージアナ嬢のせいではありません」
すると、ベイルは反論されたことに戸惑ったのか、しどろもどろで会話を続けた。
「そうでしょうか……あの子はクラリッサと違って陰気で……ですが、ジョージアナはクラリッサと同じ顔をして、だからこそ、一緒にいるとクラリッサの素晴らしさが引き立てられると思いませんか。ジョージアナはそれなのに、夜会も出ないで家に引きこもって。だから、本を制限してあげたのですが、それでもなかなか効果がなくて」
「お金も場所もないわけではないのに、制限などしなくても……」
「ですが、ジョージアナは、クラリッサの縁談を何度も潰してきたのですよ」
ベイルの言葉に、クリストファーは驚いて声を上げた。
「そうなんですか?」
「クラリッサが夜会で親しくなった男性がお茶をしにうちの屋敷にやってくると、どうしても、ジョージアナを紹介することになりますから。そして、いつも、ジョージアナがお相手を退けてしまうんですよ」
「どうやって?」
「会話の主導権を握ってしまって、クラリッサに話をさせないのです。クラリッサの手助けをして、彼女が魅力を発揮できるようにつかせてるのに、ジョージアナはそれをしない……できないのですね、不器用で。何しろ、社交のなんたるかを知らないのですから」
「それで?」
「男性はいつも求婚をせずに帰ってしまい、二度と来ません。恋人ができるたびに、いつもそれです。まぁ、何人か、次にジョージアナに声をかけにきた男もいましたが、くだらんと門前払いをしてやりましたよ。あの子は友人などいらないんですからね」
「クラリッサ嬢は恋人で、ジョージアナ嬢は友人ですか……」
おそらく、とクリストファーは思った。彼らはジョージアナと話して、自分が結婚相手に何を求めていたのかわかったに違いない。そして、その中にクラリッサはいなかったのだろう。もしかしたら、ベイルがあてがおうとした相手は、クラリッサには合わなかったのかもしれない。
「え? いや、ですが、……あの子は本ばかり欲しがって、つまらない子ですからね」
「本は、私も好きですよ」
「もちろん、侯爵様は大切ですとも。私も読みますよ。ですが、淑女には必要のない知識ばかりですからね。もっと美しく着飾り、社交を楽しみ、それによって、夫の名声を高めるのが良い妻です」
クリストファーは眉をひそめないでいるのがやっとだった。
確かに、ステレオタイプでは、そう言われている。だが、そうではないジョージアナに押し付けたところで、負担になるだけだ。それに、そういう意味では、自分もステレオタイプではない。
無粋で、夜会が苦手で、それでいて……さみしがり屋。
ここ数週間で、自分が思い知ったことだった。ジョージアナとジュリアンが来て、自分は楽しかったのだ。二人は決してクリストファーを侵食せず、主張せず、優しく支えてくれた。
ジョージアナをジョージィと呼んだら、どれだけ新密度が増すのだろう。心に寄り添えるのだろう。
クリストファーは思いを馳せながら、胸を痛めた。彼女がこんな風に親に言われているなど、思いもよらなかった。優しく、穏やかに育てられたのだと思っていた。それなのに、あれだけ自信がなさそうだったのは、このせいだったのだ……
「子爵殿、私の母も、本をたくさん読んでおりましたよ。そのことが、母の、ひいては父の名声を裏切るようなことはありませんでしたがね。失礼、あとはウィルにお願いしよう。できるね?」
穏やかにそれだけ言うと、慌てるウィルとぽかんとする子爵夫妻を置いて、クリストファーは遠目に見かけた男爵青年を追いかけた。
あと2回ほど、クリストファー視点が続きます。




