13 決着
ジュリアン、ジョージアナ
数日後、ジュリアンは、ようやくクラリッサから届いた手紙を手に、頭を抱えていた。
「せっかく、いい雰囲気になったところだったのに」
ジュリアンは悪態をついたが、手紙が来てしまった以上、放っておくわけにもいかない。ジュリアンは部屋付きの従者に声をかけた。
「ウィル君。すまないが、ジョージアナを呼んでくれないか」
すると、今まで何の動揺もしたことのないウィルが、渋い顔をした。
「どうした?」
「ジョージアナ様に……何をお伝えになるのでしょうか」
「予定さ。手紙に書かれたことを伝えて、今後の予定を組む。それだけ」
「どんな……ことを……」
やれやれ、とジュリアンは思った。この数週間で、ジョージアナはすっかりこの屋敷の使用人に懐かれてしまった。確かに、ことあるごとに屋敷を褒め、クリストファーの好きな本を楽しみ、彼と顔を合わせては初々しく頬を染めあったりなんかしていれば、肩入れもしたくなる。
「それを君が知ってどうなる? 僕にも君にも、どうしようもないことだ。ウィケット侯爵とスペンサー子爵との間の約束事で、僕たちは口出しする権利もない。文句くらいは言えるがね」
「ですが」
「君たちがジョージアナとクリストファー様に結婚して欲しいと思ってることはわかってるつもりだよ。僕だってそうして欲しいさ。だが、肝心の二人が動きゃしないんだ。どうにもならないよ」
できるものならどうにかしたいところだ。だが、この話はすでにクリストファーとは話が付いており、自分は、クリストファーから、クラリッサが自分宛に別途書いた手紙を手渡されたのだった。
「ジュリアン様……」
「そう悲痛そうな顔をするな。恨むなら僕じゃなくて自分のご主人様にしてくれ。ジョージアナに話す時、同席を許すから、君も聞いているといい。聞けたもんじゃないと思うから、覚悟していた方がいいと思うよ。僕の悪態から、予想はついていると思うけどね」
☆☆☆
ウィルに呼ばれ、ジョージアナがエレインを連れてジュリアンの部屋へ行くと、ジュリアンは渋い顔をしていた。
「……どうしたの?」
「クラリッサから手紙が来た」
こちらへ来てから今まで、一度も連絡をくれなかったクラリッサから。
「何を……」
聞きたくなかった。でも、聞きたかった。あらゆる感情がごちゃ混ぜになって、ジョージアナの頭を駆け巡ったが、ジョージアナは自分が何を望んでいるのか、わからなかった。
「僕は君に喜べと言った方がいいんだろうな、当初の目的からすると」
言いながら、ジュリアンはジョージアナにクラリッサからの手紙を差し出してきた。
『親愛なるジュリアン
元気でいるかしら? ジョージアナと仲良く過ごしている? きっと快適でしょうね、そちらは。
今まで待っていてくれてありがとう。
これから、そちらのお屋敷に向かいます。ようやく決心がついたわ。
やっぱり侯爵と結婚しようと思うの。
逃げてしまってごめんなさいね。
あなたには言っておくべきだったわ。
あの時はとんとん拍子に結婚話が進んで、とっても怖かったのよ。
駆け落ちなんてするものではないわね。
彼ったら、悪くないけど、お金もないし立場がないし、愛があればと思ったけど、その愛も尽きてしまうところだったわ。
やっぱりだめね。
父様も母様も、私のこの決断を後押ししてくれたわ。
ジョージアナにも、慣れないことをさせてしまってごめんなさいと伝えて。
悪くって、直接手紙を書く勇気がないの。
でも会ったら、ちゃんと謝罪と感謝をするわ。
よろしくね。
愛する従姉妹のクラリッサより』
がっかりしたのか、ホッとしたのか、ジョージアナにはわからなかった。
仲良くしていたと思っていたクラリッサに、今回はことごとく裏切られた気がした。
自分に手紙を書いてもくれなかった。ジュリアンにはこんなに詳しく書いたのに。あんなに、恋人の話はしてくれたのに、駆け落ちの話はしてくれなかったのと同様に。
クラリッサにとって、自分はなんなんだろう。
だが、これで一つの決着がついたことはわかった。
「……それなら、帰らねばね」
手紙を読み終え、ジョージアナは一言、それだけつぶやいた。
言った言葉の意味を考えると、冷静ではいられなかった。泣きそうだ。だが、それはジュリアンを困らせてしまう。
「ウィル君、そう怖い顔をしないでくれ……」
ジュリアンの言葉に顔を上げれば、部屋付き従者のウィルが、とんでもなく鋭い視線でジュリアンを睨んでいた。
「まぁ、ウィル……どうしたの」
「奥様、無礼を承知で申し上げます。いち使用人として、納得がいきません。どうして帰るなどとおっしゃるのか……私ども一同、今後とも、奥様にはこのお屋敷にいていだたきたいたいと思う所存です」
「それでも、使用人が客人を睨むなんて、してはならないことよ……」
戸惑いながら、ジョージアナはウィルをたしなめた。もう奥様なんて呼ばないでほしいと言おうとしても、なかなか言えなかった。
「どうせなら、ここで雇ってもらおうかしら? 自分の家より、あなたたちの方が馴染んでしまったもの」
ジョージアナはそう言って、無理に笑おうとしたが、うまくいかなかった。引きつる頬をなんとか落ち着かせたジョージアナに、ウィルが心配そうに声をかけてくれる。
「奥様……」
「もう私の事をそう呼ぶのは止めてね、ウィル。すぐに本物がやってくるのだから」
言うと、ジョージアナは急いでジュリアンの部屋を出て、自室へ向かった。
花嫁代理だと、最初から分かっていたのに。
どうせ期間が過ぎ、クラリッサがやってこなければ、破棄されていた婚約だ。
多少早くなるくらい、どうってことない。
自分がクリストファーを好きになっても仕方がない。
クリストファーが求めていたのはクラリッサで、自分ではない。
それでも、期待したくなるくらいに、クラリッサから連絡もなく、この家は暖かかった。
悲しく、たまらなく惨めだった。
それでも、これから女主人としてクラリッサを迎える彼らに、涙を見せるわけにはいかなかった。




