11 愛する本よ、永遠なれ
ジョージアナ、クリストファー
「お美しいですわ」
エレインが満足げに微笑むので、ジョージアナは恐る恐る鏡を覗いてみた。
「まぁ……随分と……欠点が……隠れる……」
「嫌ですわ、ジョージアナ様。そうではありませんのよ。本来の美しさをドレスが引き立てただけですわ」
「でも……」
屋敷へ来て採寸をして、出来上がったドレスを初めて着たジョージアナは、驚いてまともな口もきけなかった。
クラリッサと同じくらい華やいで見えるわ。ううん、表情によってはそれ以上……
ジョージアナは思わず笑顔を作ると、今までとまるで違った印象のジョージアナがそこにいた。
「ね、お分かりになったでしょう? ジョージアナ様はお美しいですよ。クラリッサ様と双子で似ていらして、それでクラリッサ様がお美しいのでしたら、ジョージアナ様もお美しいのは当たり前です」
「でも私、今までそんなこと、言われたことがなくて……」
「では、なんと表現されてきたのでしょう?」
「それは……」
ジョージアナが言い淀むと、ドアの向こうから声がした。
「”頭が良くて躾もいいが、大人しくて、生意気で、澄まし顔で、面白くもない、可愛くない、ジョージアナ”。そう言われていましたよ」
姿を現したのは、ジュリアンだった。
「失礼。声が聞こえてしまったものだから。あぁ、これはよく似合っているね、ジョージアナ。君の良いところを引き出してくれる素晴らしいドレスだ」
「ジュリアン様、先ほどのお言葉、誰がそんなことを?」
「誰って……ジョージアナのご両親だよ」
「子爵夫妻が? そんなことを?」
信じられない、と言いたげにエレインは振り向いたが、ジョージアナは否定できなかった。はっきりとそう言われてきたわけではないが、まとめると、そういうことだ。事実、自分は愛想笑いも苦手だし、駆け引きも得意ではない。必要な社交術であると言われてきたのに、いつまで経ってもうまくできなかった。
「僕たち親戚としては、そんなことはないと言い続けてきたんですけどね。父でも母でも兄でも僕でもダメでした。やはり、気持ちを寄せる相手でないとね」
「まぁ……なんと言っていいかわかりませんわ。でも、ジョージアナ様、あなたは本当に心から優しくてお美しい方ですわ。自信を持ってくださいませ」
「私は私よ、エレイン。クラリッサには遠く及ばないわ」
「でも」
エレインが反論しようとしたところで、ドアがコツコツとノックされた。
☆☆☆
「ジョージアナ嬢、よろしいですか? 昨日、読みたいとおっしゃっていた本が見つかったので……」
言いながら、ジョージアナの部屋に足を踏み入れたクリストファーは、驚きに目を見張った。淡い緑色のふわりとしたドレスが、奥ゆかしいジョージアナの佇まいを引き立たせ、彼女がとても美しく見えた。いや、実際、美しかった。知ってはいたのだ、輝くものを持っていると。だが、ここまで綺麗になるとは……
「クリストファー様、それは本当ですの? ありがとうございます!」
言いながら、飛び跳ねるようにして自分に向かってくるジョージアナを、クリストファーは戸惑う気持ちで見つめた。彼女を微笑ましく見守るエレインとジュリアンの間を縫って、満面の笑みで駆け寄ってくる。
本をめがけて。
「まぁ、まぁ! 本当に、素晴らしいですわ! 家でも読ませてもらえず、とても読みたかったんです」
「……ですが、この本は一般的な書籍ですよ? 貴族ならば、さほど苦労せず手に入ると思いますが」
「両親には本を読むのを止められていたんです。淑女の読むものじゃないと言われて。部屋に隠しておけるうちは、ジュリアンに買ってきてもらったりしたんですけど、本を置く場所もなくなると、もう買い足せなくて……あぁ、本当に読んでみたかったんです」
クリストファーは首を傾げた。
「そこまで面白いものだとは、正直言いかねますが」
「いいのです。読んでみないと、それすら自分で決められません。言われたことは参考にしますが、私は何事も、自分で判断したいのです」
「それはいい心がけですね」
頷きながら、クリストファーはジョージアナの考えが、自分と似通っていると驚いていた。
普段はおとなしくて、自分から意見をいうことがなく、いまいち掴み所のないジョージアナだが、本に関してはとても饒舌で、それに伴い述べる意見は、しっかりして彼女らしく、共感できた。
ジョージアナは手にした本を夢中でパラパラとめくりながら、夢見るようにクリストファーに笑顔を向けた。クリストファーの胸が、急にどきりと高鳴った。
「あら。ありがとうございます。私は地味で社交もできず、人の噂も判断がつきませんの。ですから、できないなりに、そうしようと思っているだけなのですわ」
「例え社交に優れていても、噂話を鵜呑みにする人より、ずっといいと思いますがね」
「そうでしょうか? 信頼できる噂を判断できるということなのでしょう?」
「疑うことも大切です。なんにせよ、噂はそのものが話半分に聞いたほうがいいものですよ、ジョージアナ」
急に名前だけで呼ばれて、ジョージアナが目をパチクリさせた。その様子が面白く、クリストファーは思わず声を上げて笑った。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。あなたの名前はジョージアナでしょう?」
「え、ええ、でも、あの……」
真っ赤になって俯くジョージアナは、かつてないほどに可愛らしかった。つられて頬が赤くなりかけたクリストファーだったが、次の言葉が彼を冷静にした。
「クラリッサの代理というだけの私の名前を、そうやって呼んでいただけるなんて、光栄ですわ」
ジョージアナが花嫁の代理だなんて。
彼女は素敵な女性だ。誰にも代えのきかない、唯一の女性だ。ジョージアナよりクラリッサがいいなんて、誰が言った?
クリストファーは思ったが、言葉にはならなかった。
仕方なくこの屋敷にやってきて、本を読めることだけを慰めにしているジョージアナに、何をどう伝えたらいいのかわからなかったのだ。




