10 調査報告
ジュリアン
花嫁修行は進み、ジョージアナが屋敷の生活に慣れてきた、二週間ほど経った頃だった。
「はぁ?」
ジュリアンは手にした用紙を読みながら、思い切り叫んだ。
「何考えてんだ、あの親子は……!」
ジョージアナの両親からは何の連絡もなかった。クラリッサを探すと言いながら、一体何をしているのやらと、頼んでいた調査を一先ずまとめてもらい、報告をもらったところだった。
もともと、スペンサー子爵夫妻はクラリッサには甘いところがあった。だから、今回も、駆け落ちしたまま、クラリッサの思うようになるのではないかと、ジュリアンは考えていた。
クリストファーは思ったより信頼できそうだったし、まんざらではなさそうだったし、ジョージアナもかなりクリストファーに惹かれているようだった。このままジョージアナが幸せになるのを見届けようと、自分の父親に連絡をしようとしていたのに。
しかし、呆れた。
まず、予想できたことではあったが、スペンサー子爵は、クラリッサを連れ戻す努力もせず、そのまま駆け落ちではなく結婚準備ということにするつもりだと報告があった。多少は説得を試みただろうが、クラリッサが主張すればしぶしぶ従うしかない。子爵夫人は何も考えず、ジョージアナが泣いて帰ってこないというだけで、なんか良さそうにやってるし、もうジョージアナでいいじゃないと言っていたと。
相手は男爵令息だというのに、甘いものだ。これまで欲張って高位の貴族に嫁がせようとしていたのに……クラリッサの前には、その計画も狂ったか。
予想できたこの事態だけでも、呆れていたのに、その後、すぐに意見を反転しているのだ。
つまり、やはりクラリッサは駆け落ちではなく旅行から戻り、侯爵と結婚するから、ジョージアナはそれまで待つように、そのうち侯爵邸に行く、と。
相手が男爵令息だから、だ。かろうじて子爵より低い爵位だから、どうとでも言い訳ができる。
が、その後、またすぐに意見を戻している。
クラリッサは恋人と一緒にいたいのだろうが、将来は男爵にしかなれないと思うと不安なのだろう。スペンサー子爵は、その不安をついて、侯爵がいいと言い続けていて、おそらく、そのせいでブレてしまう。
報告のまとめが遅かったのは、そのせいだったのかと、ジュリアンは頭を抱えた。
せめて、どちらかであってくれれば、こちらも対策が取りやすい。でも、向こうの意見が二転三転し、どうなるかわからないと来れば、こちらも対策の取りようがない。
このまま、ジョージアナがクリストファーに惹かれるに任せていいのか?
それをあきらめさせたほうがいいのか?
おおかた、クラリッサは駆け落ち相手と喧嘩しては仲直りしているのだろう。あのわがままさは楽しく付き合ううちは可愛いが、本気に妻とするとなると、かなり難しいと感じる。だが、クラリッサは、性根は明るくて素直だ。相手によって、適切に鍛えられれば、しっかりとした奥方になるだろう。あの華のある性格は、家を明るく引っ張っていけるだろう。
それが今回の駆け落ち相手にできることなのか、または、クリストファーに?
そんなこと、わかるはずもない。
「一体あの人たちは……何を考えてるんだ! どんな気持ちでここにジョージアナが来てると思ってるんだ……!」
ジュリアンが低く唸り声を上げた時、ドアがノックされた。
「はい?」
息を整えて返事をすれば、聞きなれた声が響いた。
「ジュリアン? ジョージアナよ。話があるの」
「ジョージアナ? どうした?」
「入っていい?」
「いいけど……」
ジュリアンがちらりと視線を向けると、部屋付きの従者がドアを開けた戸口に立ち、顔を背ける。もちろん、彼はジュリアンの独り言を聞いていたのだから、ジュリアンが何を言い出すかもわかるはずだが、顔には微塵も出ていない。
「話って?」
「お父様から、お返事が来ないの。ずっと待っているのに……ジュリアンは、ここへ来る時、自分で調べてみるって言ったわよね? その結果が、少しでもわからないかと思って……クラリッサは無事? 元気でいる?」
最初にそれか。自分の進退ではなくて、妹の身の心配とは。手助けしてあげたくなってしまうよ、これでは。
「元気さ。この上なくね」
言いながら、ジュリアンは手に握ったままだった用紙をそのままジョージアナに渡した。
「ここに書いてあるよ」
ハッとした顔で、ジョージアナは用紙を見、そのまま静かに熟読した。
「……そうなの……」
最後まで読んだのだろう、疲れた顔で、ジョージアナはジュリアンを見た。
「すまない。僕は何もできなくて」
「いいのよ。今までと同じ。私はクラリッサが欲しがらない方を手に入れるだけ」
ジョージアナの言葉に、ジュリアンはキリキリと胃が痛んだ。
「最悪、君が駆け落ち相手と結婚する羽目になるかもしれないけど?」
「まさか、そんな……お相手が嫌がると思うわ」
「そんなの、醜聞に比べれば何てことはないんじゃない?」
「そうかしら……」
考え込むジョージアナを見て、ジュリアンは今まで曖昧にしていたことをはっきりさせることにした。
「そういえば、お相手を知ってると言ったね。誰だい?」
「あぁ、ジュリアンは知らなかったの? ウォルター男爵家の子息、ボビー・ホワイトロー様よ。お友達じゃなかったかしら」
「ボビーか……なるほど、ボビーならば……叔父上が丸め込めるかもしれないってことか……」
「どうして?」
いいやつだからだ、というのは憚られた。仮にも自分の叔父が相手の良心につけ込みそうな人間だなどと、その娘である従姉妹には、ジュリアンは言えなかった。
「男爵子息だからね。だが、あいつはロマンティストだけど真面目な男だ、あっさり諦めるかな」
「どちらだって構わないけど、早く決めてほしいわね」
ジョージアナが不安そうに言い、ジュリアンはうっかりこう答えそうになった。
『早くクラリッサがボビーと結婚して、君がクリストファー様と結婚できればいいね』
でもまさか、言うわけにはいかなかった。




