01 もぬけの殻
ジョージアナ
「……駆け落ちですって?」
ジョージアナは悲鳴をあげそうになるのをこらえて、手紙を凝視した。
間違いない。そこには妹のクラリッサの筆跡で認めてあった。
書き出しは、こうだ。
『お父様、お母様、ジョージアナ、ごめんなさい。私はどうしても侯爵に嫁ぐことができません。侯爵様は冷たく非情な方だという噂が恐ろしくなってしまったのです』
ジョージアナは呼吸困難になるのを抑えるために、目を瞑った。
落ち着こう、そうよ、大丈夫。
ジョージアナは、たっぷりと時間をかけて息を整えると、再び目を開いて先を読んだ。途中、ジョージアナは目をひそめた。
『……私がお慕いしていた方のことを、ジョージィはご存知よね? 気持ちを確かめ合ったばかりでした。もう彼と離れることなど考えられません。ですから、私は社交界を離れ、彼の領地でひっそりと暮らしたいと……』
ついに、ジョージアナは最後の文面を読んだ。
『私は駆け落ちいたします。勝手な振る舞いをお許しください。クラリッサ』
足がガクガクと震えた。
どうしたらいいの?
侯爵との結婚はもう決まっていて、両親もクラリッサも、上機嫌だったではないか。加えるとすれば、ジョージアナはその輪の中に入っていないけれど、それはどうでもいい。ジョージアナはいつだって輪の外だったから。
「ジョージィ? クラリッサはいたかい? なかなか朝食に降りてこないんで、僕たち、くたびれてしまったよ」
「ジュリィ……」
ジョージアナの年上の従兄弟、ジュリアンが開け放したドアの向こうから、声をかけてきた。
「大変よ……」
「どうした? クラリッサは熱でも出した? そうかもしれないな、子爵家から侯爵家に嫁ぐなんて、そうそうある名誉じゃない。クラリッサだからこそだろう。知恵熱でも出してるか、僕らのお姫様?」
ジュリアンが颯爽とした足取りで、部屋に入ってきた。
そして初めて、不思議そうな顔をして、辺りを見回した。足取りをゆっくりとさせると、ジョージアナのそばに来て、歩みを止めた。
「……どうした?」
「これを読んで」
不安そうなジュリアンに、手にしていた手紙を突きつけた。ジュリアンが真っ青な顔で息を飲む。
「クラリッサ……!」
ジョージアナはオロオロとしながらジュリアンに尋ねた。
「ど……どうしたらいいと思う?」
「このことは、叔父上はなんて?」
「まだ……知らないの」
「知らない? 叔母上も?」
ジョージアナは首を横に振った。
知ってしまった時の両親を想像するだけで恐ろしかった。クラリッサは両親のお気に入りで、いつだって何もかも優先されるのが当たり前だった。
クラリッサが自分に語りかける部分を思い出してため息をついた。
この駆け落ちが自分のせいだと言われたらどうしよう? 何も知らなかったのに。
少し前までクラリッサには恋人がいた。ジョージアナが知っているとしたら、駆け落ちのお相手はおそらくその人だろう。一度だけ見かけたことのある、逞しい体躯の男爵令息だ。目を輝かせて語るクラリッサが、いつもより美しかったのはよく覚えている。こんなにも思われるお相手は、なんと幸せなのだろうと羨ましく、クラリッサは彼と結婚するのだろうと勝手にジョージアナは思っていた。まだジョージアナ以外に言っていないと言っていたのも覚えているから、両親には青天の霹靂だろう。
でも、クラリッサは彼を選ばず、侯爵を選んだ。
ジョージアナには考えられないことだったが、結婚はそういうものなのだろうと、自分を納得させていた。
それなのに。
結局、恋人だった彼を選ぶの?