3 リハビリ
リハビリは思っていたよりも、もっとずっと大変だった。
まず、立つのが大変だった。歩き方ってどうするんだっけ?って思っちゃうくらい、私は歩く方法を忘れていた。
10年。
自分の年の半分も寝ていたら、忘れちゃっても仕方ない気もする。
でも、そんなことも言ってられないから、とにかく頑張る。頑張って、お母さんに喜んでもらいたい、ただその一心だけで頑張っている。
だけど、やっぱりどうしても脚に上手く力が入らなくて、変なムズムズするような感じで上手くいかない。指先の方の感覚はあるのに、それで自分の身体を支えるというのがどうにも難しい。
「ゆっくりで大丈夫よ。無理しなくていいからね」
「ありがとうございます」
リハビリ助手のお姉さんが優しく言ってくれる。全然上手くできないのに、そう言ってもらえると嬉しいけど、かと言ってそんなに甘えていつまでも歩けないままだと困るから、私は必死で歩こうと頑張った。
「はい、ここまで」
「ありがとうございます」
「麻衣ちゃん」
「何でしょうか?」
「ちょっとお話しようか」
「?」
助手のお姉さんに連れられて自分の病室に戻る。ベッドへと戻ると、その近くでお姉さんが座った。
「早く歩きたい?」
「うん」
「そっか、そうだよね。でも焦りは禁物だよ?」
「ダメなんですか?」
何でだろう、きっと私が早く歩けたほうがいいはずなのに、と純粋に疑問だった。それをお姉さんはわかってくれているのか、ニコッと笑って私の手を握ってくれる。
「そう、麻衣ちゃんは頑張り屋さんだけど、無理して頑張っても麻衣ちゃんの身体にもよくないし。まだ身体の成長にもついていけてないでしょう?意識と身体が今は別々の状態だし、今までのイメージで歩こうとするとどうしても弊害が出ちゃうから」
「へいがい?」
「あぁ、弊害って言うのは、なんていうのかな、悪いこと、かな?頑張りすぎちゃうと脚だけじゃなくて、他のバランスも悪くなっちゃうんだ。だからね、気持ちが焦っちゃうのはすごくよくわかるけど、無理はしちゃダメ。ね、お約束、できる?」
小指を出される。そこに、私もそっと小指を出した。すると、お姉さんは私の小指に絡めて指切りげんまんをしてくれる。
「はい、わかりました」
「素直でよろしい。あとで理学療法士の先生来るから、待っててね。じゃあ、またね」
「はい」
そう言って助手のお姉さんは行ってしまった。1人になるとちょっと寂しい気持ちになる。
(頑張りすぎてもダメ。頑張らなくてもダメ。じゃあ私はどうすればいいんだろう)
1人になると色々考えてしまう。まだ大して動けないからつい余計なことばかり考えてしまう。
不意にリハビリ前に声をかけた小学生高学年くらいの少女、その子が落し物をしたことで声をかけたが、そのときの反応を思い出す。
「お姉ちゃんありがとう」
「どう、いたしまして」
(そうか、私はこの子にとってお姉ちゃんなのか)
自分が目を覚ます前の、事故にあった当時の感覚で無意識に振る舞っていたことに気づいてショックを受ける。
実際はもう20歳になっているというのに、まだ私の中では10歳から感覚が抜け出せてなかった。
(これから私のお友達になってくれる人は大人のお姉さん)
同い年という感覚がないまま、同じ話題を共有したり接したりすることがとてつもなく恐かった。
ぽっかりとあいてしまった10年は、私から何もかも奪ってしまったことに気づいて絶望する。
(お友達も家族も学校も全部私になくなっちゃった。私はどうすればいいんだろう)
これからの先行きに不安を感じ、これから自分がどうすればいいのか分からず、私はただただ布団の中で理学療法士の先生が来るまで小さくなって泣くしかできなかった。