13 喧嘩
「麻衣!麻衣!!」
明るい光が眩しくて、目を細めながらゆっくりと目を開ける。そうしたら、視界いっぱいにお母さんの顔。お母さんは顔をぐちゃぐちゃにして、泣きながら私のことを覗き込んでいた。
「あぁ、麻衣……!良かった、本当に、良かった……っ!!」
「お、母さ、ん?」
お母さんは顔を真っ赤にして目元は腫れて、お化粧はズタボロになっていた。
(あぁ、また泣かせてしまった)
そこで、またちょっぴり罪悪感を感じる。
(私、何で、ここ、病院……?)
だんだんと思考が戻ってくる。そうだ、私は薬をいっぱい飲んで、それで、それで……
(あぁ、また私、死ねなかったのね……)
ぼんやりと、そんなことを思う。なんだかんだで私は死ねないらしい。運がいいのか、はたまた悪いのか、神様も意地悪だ。
(こんなにつらくて苦しいのに、生きろ、だなんて)
「麻衣、もうお願いだから、あんなことしないで」
お母さんが私に縋り付いて泣く。それを見て、悪いことをしたという気持ちと、何でお母さんは私を苦しめるの、という相容れない感情が心の中でせめぎ合っていた。
◇
あれからすぐに退院した。胃洗浄後、特に問題はなかったとのことで、ほぼ放り出されるような退院だった。
今回ODをしたということで、一応心療内科を薦められたが、私は頑なに断った。
(どうせ、今度死ねばいいんだし)
私は生きる気力を失くしていた。
生きる意味が見出せなかった。
勉強も、意義がなければ何をしてもつまらないだけだった。
(何のために、私はここにいるんだろう)
お母さんは私が心配だからと、ほとんど家にいる。どこに行くにしてもついて来ようとするので、それはそれでうざったかった。
今までなかった悪い感情、黒い思考ばかりが頭を占める。こんなこと考えるなんて悪いことだと思いながらも、そんないい子ちゃんでいたって何もいいことなんかない、とも思う。
「ねぇ、麻衣」
「なに」
「悩みがあるなら言ってね?」
濁った思考でぼんやりと考える。
(悩み)
悩みってなんだろう。
生きていること?そもそも何でそんなこと聞いてくるのだろう。悩みがないわけがないじゃない。でも、それをお母さんがわからないの?自分の娘なのに?何で?お母さんなら知ってて当然じゃないの?
「……ょ」
「何?何か言った?」
「あ……に、……ょ」
「え?」
だんだんと怒りが沸々湧いてくる。感情が爆発するっていうのは、まさにこのことだと思った。
「あるに決まってるでしょう?!ないわけないじゃない!!10年よ、10年!!見た目も変わって、お父さんも友達も住む場所も全部なくなって、そんな私に悩みがないと思った?!何でも素直に受け入れると思った?!!あり得ないでしょう!?私は何も悪くないのに、こんな仕打ち!!もう嫌なの、こんな生活も、生きていくのも!!!だから、私は早く死にた……っ」
パンっ!
乾いた音が響くと共に、じんわりと頬から痛みが滲む。ソッと手を頬に添える。顔を上げたら、お母さんが今まで見たこともないような恐い顔をしていた。
「死にたいですって?ふざけないでちょうだい!」
「何もふざけてなんかない!!もう、私なんかいなくたっていいでしょ!これ以上生きているのはつらいの!!」
「つらいのは当たり前でしょ!私だってつらいわよ!!でも、それでも、生きていたらきっと、いいことがあるんだから!だから、ねぇ、お願いだから、死にたいなんて言わないでよ……。お願いだから、っう、うぅ、ぅ……」
泣き崩れる母を見下ろすと、ぼたぼたと勝手に涙が溢れてくる。
(あぁ、私はバカだ)
勝手に大人になったつもりになって、勝手に1人で悩みを抱え込んで、みんな私よりも不幸ではないのだと決めつけていた。
(そうじゃなかった)
お母さんも苦しかったはずだ。私がずっと入院してて、お父さんとも離婚して、たった1人で再婚もせずに、ただただ私が起きるのを信じて待っているなんて、当たり前だけど相当辛かったことだと思う。
(私ばっかりつらくて苦しいと思ってたけど、そうじゃなかった)
人の心は見えない。元気なように見えたお母さんだって、ただの人だったのだとそこで改めて実感した。
「うぅぅ、うわぁぁぁぁぁん!!」
私はそこで今までにないくらい大きな声で泣いた。それをお母さんはギュウウウウとキツくて苦しいくらい抱き締めながら、背中をさすってくれた。




